電子ペーパー、電子インク
イントロダクションパソコンなどで新聞紙や雑誌が読めるようになったのはずいぶん昔のこと。さらに今では、本誌が手元に届く前に、本誌そっくりなpdfファイルを購読可能なサイトも少なくない。 ところがそんな時代になっても「紙」の新聞や雑誌はいっこうに姿を消す気配はない。ノートパソコンやPDAをもっている方ならお分かりだろうが、それらは紙の新聞や雑誌と比べて、とにかく面倒くさいのだ。例えば、雑誌などをちょっと見たいだけなのに、電源を入れて長く待たされたり、屋外環境で見やすい角度を探すため、液晶ディスプレイをせわしなく傾けたりしなければならないというのは、いかにも面倒くさい。 しかし、紙という媒体では、持ち運べる情報量はたかが知れていて、ますます進む情報化社会で、何かと不都合が生じてくる。こういった新聞や雑誌を表示するのに、何かよい媒体はないものだろうか? その有力な候補となりそうなのが「電子ペーパー」である。この電子ペーパーというのは、10分の数ミリ程度の厚さしかなく、電気的な手段でデータの表示・消去が可能なディスプレイである。見た目はクリアファイルの中に紙が挟まれているかのようで、液晶ディスプレイなどと比べても非常に見やすい。しかも、軽くて消費電力も小さいときている。 数年後には、定期購読している雑誌をネットからダウンロードして電子ペーパーで読むというのが当たり前になっているかもしれない。そこで今回は、数年後には市場に出回だろうこの電子ペーパーについて焦点を当てることにしよう。 電子ペーパーのショートヒストリー最初に電子ペーパーを提案したのがどこかは明らかではないが、新聞やネットなどのメディアでよくパイオニアとして紹介されている二つのベンチャー企業がある。 一つ目は、MIT(マサチューセッツ工科大学)のメディアラボの研究チームが97年に設立したE Ink社、そしてもう一つは、Xerox社のパロアルト研究所の研究員が2000年に設立したジリコンメディア社だ。特にE Ink社の場合は、モトローラ社(Motorola)や日本の凸版印刷などの大企業が競って出資や提携のラブコールを送り続けてきたほど、パイオニアとしての知名度は高い。 この二つのベンチャー企業は、まったく独立して電子ペーパーの研究開発を行なってきたため、それぞれの表示原理はずいぶん異なっている。 ジリコンメディア社は、白黒塗り分けたビーズを帯電させ、電気をかけ回転させることで白黒の表示を可能にしている。この帯電ビーズは、ギリシャ語で回転する像という意味の「ジリコン」ビーズという名前がつけられており、そのまま会社の名前となっている。 一方、E Ink社の方は、透明なマイクロカプセルに青い液体と白い粒子を入れ、電気泳動で白色の粒子を表裏に引き寄せることで、ディスプレイの白黒を可能にしている。同社はこの原理を「電子インク」と呼んでおり、やはりこれが会社の名前となっている。 なお、これらの表示原理のディスプレイは、ずいぶん古くから研究されていたが、LCD技術の台頭により次第に忘れ去られてしまった。それがごく最近になって、シンプルさ、視認性の高さなど、LCD技術にない利点が強調されるようになり、「電子ペーパー」というデバイスとして復活を果たした。 しかし少し見方を変えると、「電子ペーパー」というようなメディア受けのよい呼び方がされてこなかっただけで、国内でも古くから電気泳動やその他の表示原理のディスプレイが研究されてきたことは事実だ。そこで、国内で電子ペーパー関連の研究を現時点で行なっている企業や機関をいくつか紹介しておく。 セイコーエプソン、NOK …マイクロカプセル 電子ペーパーの構造・表示原理電子ペーパーの構造 電子ペーパーの一般的な構造は、下図に示すようなサンドイッチ構造となっている。 上図で示すように、マイクロカプセルやジリコンビーズの表示層と、それを制御するドライバ層が2枚のプラスチックシートで挟まれた構造となっている。 ・ドライバ層 ドライバ層というのは、アクティブマトリックスの液晶ディスプレイと同じように、TFT(Thin Film Transistor)からなっており、これによって電子ペーパーの自己印字機能が可能になる。従来のTFTにはアモルファスシリコンやポリシリコンなどが使われてきたが、これを電子ペーパーのドライバ層に用いた場合、ディスプレイを折り曲げたりすることはできない。 ところが最近では、有機分子を使ったフレキシブル・トランジスタも実用化に近づき、将来的には電子ペーパーのTFTにこの有機トランジスタが使用されるようになると考えられている。そうすることで、フレキシブルなディスプレイが可能となる。 ただし、TFTドライバを備えつけた場合、どうしても価格が高くなってしまうために、電子ペーパー本来の手軽さが失われてしまう。そのため、ドライバ層をなくして外部装置によって書き換えを行なうタイプの簡素な電子ペーパーも考えられている。どちらが主流となるかは、需要次第ということだろう。 表示層&表示原理 表示原理についてはさまざまな方法があるが、ここではマイクロカプセルを使った電気泳動法と、白黒塗り分けた帯電ビーズを使う方法について紹介しよう。
マイクロカプセルを使った電気泳動法 電気泳動というのは、液体中に分散している帯電粒子が、外部電場に応答して液中を移動する現象のことである。「電子ペーパーのショート・ヒストリー」のページで、E Ink社がこの表示原理を採用していることを紹介した。具体的には、青色の液体と白色の帯電粒子(酸化チタン粒子)をマイクロカプセルの中にいれ、これを表示に使う。白色粒子がマイクロカプセルの表側にある場合は、ディスプレイ面は白色に見える。ここで、マイクロカプセルの裏側に配置した電極にマイナスの電圧をかけると、酸化チタン粒子は裏側に引き寄せられるので、青色の液体が表示されるようになる。これが、ディスプレイ面で「黒色」となる。 ジリコンビーズ これはジリコンメディア社独自の方法で、ニ色に塗り分けた固体粒子を利用している。このジリコンビーズは色ごとに帯電が異なり、ドライバ層の電荷によって、この粒子を回転させる。こうして白色の半球が表にあらわれれば白が表示され、黒色の半球が表にあらわれれれば黒が表示されるというわけだ。 いずれの方法でも解像度を上げるためには、マイクロカプセルもしくはシリコンビーズのサイズを小さくする必要がある。 なお、電子ペーパーの表示原理として研究開発されているのはこれだけではなくて、例えば、キャノンは泳動粒子を水平方向移動させるイン・プレーン型や、ブリヂストンの電子粉流体(詳細は明らかにされていない)などがある。 ペーパーライクディスプレイ - キャノン 電子ペーパーの今後多機能化する電子ペーパー 1997年にルーセント社(Lucent)のベル研究所が有機分子からなる実用的なトランジスタの開発に成功してからというもの、電子ペーパーだけに限らず、ディスプレイ業界に大きな流れがうまれた。それはディスプレイのフレキシブル化である。 これまで、硬くてもろいアモルファスシリコンやポリシリコンを使っていたTFTを、有機トランジスタに置きかえることで、フレキシブルなディスプレイが可能となったのだ。1999年にルーセント社とE Ink社が技術提携を行なうなど、電子ペーパーもこの恩恵を受けている。 Lucent, E Ink Developing E-Books Using Bell Labs Plastic Transistors こうして電子ペーパーは、フレキシブルままで、内容の表示・書換・消去といった自己印字機能を備えるようになった。そのため、単に「紙」の代わりとしての利用だけではなくて、液晶に代わってパソコンやPDAのディスプレイとして使えないかという試みもなされている。 他にも、電子ペーパーのマルチカラー化の研究開発も行なわれている。例えば国内では、E Ink社と提携している凸版印刷がカラーフィルタを担当している。 凸版印刷、米イー・インク社とカラー電子ペーパー共同開発へ – 凸版印刷 ただし多機能化が試みられる一方で、あくまで電子ペーパー本来の手軽を重視する方向もある。これは、自己印字機能などを備えずに、外部装置によって書き込み消去を行なうというものだ。例えば、富士ゼロックスは、プリンターと紙の関係のように、書き込み装置と表示媒体を分けた「光アドレス電子ペーパー」という戦略をとっている。 光書き込み型電子ペーパー技術の紹介 – 富士ゼロックス 今後電子ペーパーがどのようなものになっていくかは、まだ何ともいえない。しかし、次に述べる「他のディスプレイとの比較」の中にその答えがあるのかもしれない。 他のディスプレイとの比較 電子ペーパーは、液晶ディスプレイと比べて、次のような利点がある。
液晶ディスプレイは省エネということが売りだが、電子ペーパーはそれ以上に省エネといえるかもしれない。その大きな理由が、書換の電気信号を送らない限り、一度表示した内容は電気を消費することなくそのまま表示されつづけるということにある。それに、視認性の高さは液晶ディスプレイとは比べ物にならないほどよい。柔軟性があるということも、液晶ディスプレイにはない応用例を開拓することにつながるだろう。 ただし、電子ペーパーが液晶ディスプレイに取って代わるということはまず考えられないだろう。というのも、いくらアクティブマトリックス駆動の電子ペーパーをつくっても、動画表示には向かないからだ。 それに電子ペーパーの将来を考えるときは、液晶ディスプレイのことだけを考えていればよいわけではない。実は最も手ごわいライバルは、フレキシブルで表示速度も速く、視認性も高いとされている「有機ELディスプレイ」だろう。いくつかの性質で、電子ペーパーと有機ELディスプレイは競合する部分があり、そのたいていの部分では有機ELのほうが高いポテンシャルを秘めていると考えられている。実際、研究開発に携わっている企業の数や投資の規模は、電子ペーパーより有機ELのほうがはるかに多い。 そうなると、電子ペーパーは有機ELのニッチを探ることになるのかもしれない。いずれにせよ、有機ELディスプレイとのすみ分けが重要になると考えられている。 リンク集ナノエレクトロニクスから 有機ELディスプレイ 外部リンク R&Dリンク
Gyricon Media(英語) MIT Media Lab(英語) Xerox PARC(英語) 国内 関連情報誌 「月刊ディスプレイ」 – テクノタイムズ 解説&ニュース 概論 Erectronic Reusable Paper – Xerox PARC The Last Book – IBM How Electronic Ink Works? – howstuffworks ニュース 米E Ink、電子ペーパー・ディスプレイで30件目の特許取得 -日経BizTech “紙”はここまでスマートになった – ZDNet(2002/11) 2003年の商用化に向けたイー・インク社への経営参画 – トッパン(2002/10) 電子ペーパーが紙に変わる – 日経サイエンス(2002/2) 電子ペーパー量産化へ 凸版、Eインクが提携強化 – 毎日新聞(2002/2) |