■燃料電池
- 水素貯蔵技術
技術的な課題
燃料電池の発電原理はごくシンプルなものだ。ところがそれを技術的に実現するとなると話は単純ではない。発電原理の説明では、燃料として水素ガスが当たり前のように登場してくるが、このことひとつを考えてみても、どうやって水素を安全に、しかも現実的に貯蔵しておくかという問題が付きまとうはずだ。
水素は非常に反応性の高い気体であり、空気と混合すると4%という低濃度でも爆発する可能性がある。そのきっかけがわずかな静電気だということもある。水素の安全性については、多くの人がヒンデンブルク号の大惨事を思い出すことだろう。ヒンデンブルク号とは、1937年にニュージャージー州で爆発事故を起こし、乗員乗客の3分の1に当たる36人の死者を出した飛行船のことだ。もっとも現在では、あの惨事の原因は水素だけではなく、他にもあったのではないかとも言われるようになっている(下に紹介するサイトを参照)。
水素は危険なのか?−それとも:ヒンデンブルク号症候群 - GM FuelCell.com
Fuel Cells Green Power(pdfファイルの28ページを参照) - ロスアラモス米国立研究所
しかし、今でも多くの人がヒンデンブルク号の惨事は水素によるものだと考えている。ともかくその原因がどうであれ、燃料電池の場合も安全性に確たる信用が得られない限り普及は期待できそうにない。燃料電池の普及の重要な要素のひとつは消費者の信用にあるのだから。それに見合うだけの技術開発が必要とされるはずだ。
ここでは今後の燃料電池の普及を大きく左右する水素吸蔵技術についてみていくことにしよう。
水素貯蔵技術
燃料電池をFC車やモバイル電源として利用する場合、水素吸蔵の技術が重要となる。例えばFC車の場合、燃料として水素を利用する時に、「改質方式」と「純水素方式」がある(「燃料電池の応用1;FC車」のページを参照)。ただ、効率の向上や温室効果ガス・一酸化炭素の排出削減を考えると、純水素方式の方が望ましいだろう。
しかし、水素は天然ガスと比べても密度が非常に低い気体で、下の表に示すように高圧タンクに気体のまま貯蔵しても量はしれている。仮に液化しようとすれば、20K(-253℃)という超低温まで冷却しなければならず、これほどエネルギーと労力を食うのでは環境技術として本末転倒だ。室温でも超高圧にすれば水素は液化することが知られているが、それに耐えうるだけの素材を開発したり、事故などがおきたときの危険性を考えるとおいそれと採用するわけには行かない。
表.水素の各状態での貯蔵について
状態 |
水素原子数 (x1022cm-3) |
水素重量密度(wt%) |
高圧気体・液化水素 |
高圧水素ガス(200気圧) |
0.99 |
100 |
液体水素(約20 K) |
4.2 |
100 |
水素吸蔵合金 |
MgH2 |
6.5 |
7.6 |
FeTiH2 |
6.0 |
1.89 |
LaNi5H6 |
5.5 |
1.37 |
そこで水素の貯蔵の三番目の技術として水素吸蔵合金が注目されている。 水素吸蔵合金というのは結晶構造を壊すことなく室温に近い環境でも水素の出し入れが可能な合金のことである。これによって、同じ体積のもとでも気体状態と比べてはるかに多くの水素を貯蔵することが可能となる。また水素の出し入れも制御できることから、気体状態で保存しておく時よりも安全性が飛躍的に向上する。
水素吸蔵合金には表に挙げた二つを含めて4つのグループが存在しており、AB5 (LaNi5など)、 AB (FeTiなど)、 A2B (Mg2Niなど)、AB2 (ZrV2など)がある。 特にAB5グループのLaNi5などの水素吸蔵合金は1980年代の中ごろからニッケル水素電池の負極として使用されるようになっている。ハイブリッド車として知られるトヨタのプリウスや一部の燃料電池自動車の試作機にはこのニッケル水素電池が二次電池として搭載されている。
一般にMg軽合金やTi系合金は水素重量密度が5wt%以上と水素吸蔵能力は高いが、動作温度が300℃以上と高温条件を必要とする。そのため燃料電池自動車の水素貯蔵源として利用するには課題が多い。自動車に搭載する場合は、水素の貯蔵放出に必要な温度を100℃以下におさえたいところだ。一方、V系合金は動作温度は100℃以下と低いが、実質の水素重量密度は2〜3wt%程度である。そのため現在でも合金の組成を調整したり、合金の製造方法の開発が盛んに行われている。
カーボンナノチューブの水素吸蔵について
水素吸蔵材料には、水素重量密度、水素体積密度、そして現実性の三点の条件をすべて満たすようなものが要求されている。残念ながら現時点では、高圧水素ガス、液化水素、そして水素吸蔵合金もすべての条件を満たしているものはない。

図.SWCNTのバンドル構造(CG) |
そんな水素吸蔵材料の研究開発が過熱するなか、大きなインパクトとなったのが、ナノマテリアルの代名詞ともなっているカーボンナノチューブだった。いくつかの単層カーボンナノチューブ(SWCNT)がバンドルした構造は、活性炭など他の炭素材料と比べて均一なミクロ孔を持っていることから、ユニークな水素吸蔵の性質を持っているのではないかと期待される。その直接の火付け役となったのが、米国国立再生可能エネルギー研究所(NREL;National
Renewable Energy Laboratory)のM.Hebenらの研究チームで、SWCNTのバンドル構造が室温常圧に近い環境下で、5〜10wt%という驚異的な水素吸着量を示すことを示唆したのだ。[1]これは米国エネルギー省(DOE;Department
Of Energy)がFC車の実用化の目標として室温常圧で水素重量密度6.5wt%、水素体積密度62kgH2/m3を上まわるものだった。
これに触発されて世界中で追試が行われ、その値を再現できないとか、逆にそれを大きく上まわったという報告が次々となされていった。とにかくほとんどの実験に再現性がないことから非常に複雑な事情になっていた(下に紹介するレビュー記事を参照)。
「カーボンナノチューブによる水素吸蔵」 丸山茂夫/応用物理 71巻第3号(2002/03)(pdfファイル)
Tempest in a tiny tube - Ron Dagani/C&EN(2002/1)
しかし、少なくともこれほどの水素吸着は物理吸着では説明できない。最近ではCNTの水素吸蔵に関する研究は少し落ち着いてきた感じがあるようである。ただ物理吸着で説明できなくても、化学吸着やその他の機構が存在している可能性もあり、CNTは引き続きユニークな素材として研究が続けられている。
ref
[1]Nature, 386, 377
(1997)
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