■はじめての方へ - なぜナノテクノロジーか?
エレクトロニクス分野で期待されるナノテクの役割
最終更新日:2002/8/31
●成長し続けるエレクトロニクス分野
パソコンの普及やデジタル家電など、ここ数年のエレクトロニクス分野の成長ぶりは目を見張るものがある。ただ、もっと視野を広げて、過去30年というスケールでその成長ぶりを眺めてみると、もっと大きな衝撃を受けるだろう。
エレクトロニクス分野の成長に関して、重要なバロメータの一つに、半導体チップの集積度の推移というものがある。私たちのパソコンの心臓部分であるCPUには、多くのトランジスタがつめ込まれているわけだが、その集積度の推移が図に示してある。
およそ30年前には、一つのチップにわずか2,250個だったトランジスタが、2000年には42,000,000個になっているというのだ。これに伴う半導体チップの向上は「ムーアの法則」としてよく知られている。ことあるごとに、この法則の崩壊がささやかれてきたものだが、今でも十分健全性を保っている。今後も何年かは、この成長が続いていくだろう。
しかし考えてみれば、この堅実な成長を続けてこられたのも、微細加工技術の発展による確かな支えがあったおかげだ。現在の工業的に実現している最小加工寸法は90nm程度となっている。
似たようなことは、ハードディスクにも当てはまる。ハードディスクも微細化によって、よりいっそうの高密度化がはかられてきた。記憶微粒子の微細化に伴い、データが消失しやすくなるという「熱ゆらぎ」問題が騒がれたことがあったが、今ではとりあえず技術的にクリアできるめどがたちつつある。
このように半導体産業の「トップダウン」的な微細加工の発展は実に確かなもので、これはこれで、立派なナノテクノロジーと言えるだろう。このように半導体産業のナノテクノロジーに支えられて、エレクトロニクス分野は健全な成長を続けてきたが、その一方で、それとはまったく違ったアプローチでエレクトロニクス分野を拓こうとする流れがあることも見逃せない。
●エレクトロニクス分野での新しいアプローチ
ボトムアップのアプローチで重要な「自己組織化(自己集合)」。分子のもつ弱い相互作用を利用して、一定の構造をつくりだす。
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これまでの半導体産業では、微細化に微細化を重ねてきた。しかし、それにつれて、いっそのこと原子や分子といった物質の最小単位から、コンピュータを組みたててはどうか、ということが考えられるようになってきた。
はじめてこのような「ボトムアップ」のアプローチが提案されたのは80年代ごろと、意外にも古いのだが、それが本気で取り組まれるようになったのは、やはりナノテクノロジーということばが流行りはじめた最近のことだろう。
このように、分子一つ一つにトランジスタやワイヤなどの素子の役割をもたせようとする分野は「分子エレクトロニクス(Molecular Electronics)」などと呼ばれている。
トップダウンのアプローチなら、いつ微細化の限界がやってくるのかという心配があるように、ボトムアップのアプローチにも心配事がないわけではない。
例えば、本当にボトムアップのアプローチで、何千万というトランジスタの集積回路をつくることはできるだろうか?単なるアカデミックな領域を抜けて、産業という舞台で従来の微細加工技術と対等にやりあえるまでに成長するだろうか?
しかし、ポテンシャルとしては分子エレクトロニクスは今のコンピュータの1000倍以上の性能を可能にできると考えられている。またボトムアップのアプローチは、単に性能がよいといった話だけではなく、低コスト省エネといった別の視点からも多いに期待されている。
すでにベル研やIBMといった大企業の研究機関で、有機分子一つを使ってトランジスタ、簡単な論理ゲートが作成・動作実証されている。また、国内でも富士通などがナノチューブや錯体を使って、分子コンピュータの思索を行なっている。
ところで、世の中には今のスタイルのコンピュータの性能が、100倍、いや1000倍になっても、計算できない問題が山ほど存在している。
例えば、今のスーパーコンピュータでも、ヒトゲノム計画をはじめ、さまざまな遺伝子、タンパク質情報を入力して、遺伝子組換えや新薬の投与がどのような影響をもたらすか、シミュレーションで把握することは難しい。また、ここ100年で地球の温度が上昇しているとかしていないとか、温暖化予測の報告が二転三転としているが、その原因の一つには今のスーパーコンピュータで地球の気候まるごとをしっかりとシミュレーションするのは難しいことが挙げられる。他にも増加するウェブページ数に対応して、より高速で適確な検索を可能にするには、新しいタイプのコンピュータが必要かもしれない。
これらの現行のタイプのコンピュータでは難しい問題を解決するものとして、「量子コンピュータ」や「DNAコンピュータ」というものが期待されている。
これらのコンピュータは従来のコンピュータと原理がまったく異なるために、どれだけ優れているか単純に比較はできないが、もし実現すれば、これまで困難だったいくつかの分野で大きな役割を果たすと思われる。
現在の政府の科学重点分野はナノテクノロジーの他に、IT、バイオテクノロジー、環境があるが、ナノテクノロジー(そしてナノエレクトロニクス)はこの三つの分野を基礎から支えるものとなるだろう。
●ナノテクノロジーの中長期的な発展を支えるために
ところで上で話したことは、言ってみれば、ナノテクノロジーの究極の将来像のひとつであり、いまいちピンとこないかもしれない。実際に、分子エレクトロニクスの商品が市場を出回るようになるには少なくとも10年はかかるだろう。
重要なのは、一般に報道で扱われている華々しいナノテクノロジーの実現は10年後、20年後のもので、今すぐに実現するものではないということだ。現在、ナノテクノロジーが商品に結びついているのは、ナノ粒子などを使ったコーティング・塗装という、比較的地味な分野で、一般に思い描かれているナノテクノロジーとギャップがある。
ナノテクノロジーの本領を発揮するためには、10年、20年という中長期的な研究開発を行なっていく必要がある。同時に、ナノテクノロジーが単なるブームで終わらないように、一般の理解を深めていかなけくてはならないだろう。
このサイトで取り上げている話題は、どちらかというと中長期的な対象が多い(そうする予定)。そのため、一方的に可能性だけを述べるのではなくて、これまでの経緯や今後の課題は何かということも触れるようにしている。また出来る限りサイエンティフィックな視点から説明することに心がけた。このサイトの運営で、ナノテクノロジーの中長期的な発展を支えることができればと思う。
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