南極の氷の下に眠る知られざる生命
この記事では、 という内容を取り扱っています。 南極大陸の氷の下の未知の世界木星の衛星エウロパは、表面が氷に覆われ非常に滑らかで、地球で言えば南極大陸に似た雰囲気をもった天体です。そしてエウロパのその表の顔の下には海が隠れていると考えられています。もし海から生命がはじまったとするなら、エウロパには生命が存在するかもしれません。推測は自由でとどまるところを知りませんが、自由な分、しっかりした根拠がなければただの空想で終わってしまいます。こんな魅力的な天体はなかなか存在しないのですが、今のところエウロパへの調査の予定はハッキリしていません。しかし、地球上にエウロパにそっくりな場所が存在し、科学者はここに注目しています。今回は、地球上でまだ人類の手のとどいていない未知の領域、それと同時にエウロパへもっとも近いと考えられる、科学者の注目を集めるこの場所について探ってみましょう。 その場所とは、南極大陸の厚い氷の下4000メートルに存在する大きな湖のことです。ヴォストク湖(Lake Vostok)とよばれています。これは、あの五大湖のオンタリオ湖ほどの大きさがあり、深さはその二倍もあるといわれています。 ところで、このような極寒の地に湖が存在するなんておかしな話だと思った方もいるでしょう。しかも、4000メートルもの分厚い氷がこの湖を覆っており、とうぜん太陽の光もとどきません。圧力もそうとうのものですから、南極の氷の下に湖が存在するなどとは誰も考えつくはずがありませんでした。普通に考えると水の状態で存在しているとは考えにくいものです。同じようにロシアも、はじめから湖を探したり調査するためにヴォストク基地を建造したわけではありませんでした。ただ、たまたまこの周辺が平坦な土地柄であったため、基地の建造に適していると考えたからでした。この「たまたま」のおかげで、この基地の名前が後々の湖の名前の由来になっていくわけですが、当時は誰も知るはずありませんでした。 ヴォストク湖の発見それからいくらか歳月が流れ、1970年の初めにこの湖は発見されることとなります。このときイギリスの調査チームが、氷に覆われた山の配置などを確認し地図をつくるため、飛行機からこの付近を観察していました。そして、ヴォストク基地のそばにさしかかったとき、この調査隊はあることに気がつきました。今まで山で勾配の激しかった地面が、この基地の付近では異様なほど平らになっていたのです。 このことを考えるのには、例えば池に氷が張ったときを思い出してもらえばよいでしょう。あなたは今まで、池にはった氷がでこぼこしていたのを見たことがありますか。おそらくないでしょう。このように、氷がこのような平らな状態で覆っているのは、水の上を覆っている場合からだと考えられており、したがってこの基地の下に湖があるのではないかと考えられるようになったわけです。しかし、当時は今知られているような大きさではなく、ずっと小さな湖だと推測されていました。いずれにしても、これが南極の氷の下に湖が存在することを示すの最初の証拠となりました。 そして20年がたち、ようやくその湖の存在が確かなものとなりました。人工衛星による観測の結果、その湖の存在とそのスケールの大きさが明らかなものとなったのです。そして、先ほどの疑問の答えも説明できるようになりました。このような極寒の地で水の状態で存在するためには、分厚い氷が毛布のような役割をし、地球からの中心からの熱を湖の底のほうから逃げないようになっているので、液体の状態で存在しているのです。 そして、この湖の名前は先ほどのヴォストク基地にちなんでつけられました。 生命の可能性このようにして20世紀の終わりごろになったようやく発見されてたヴォストク湖ですが、この湖はとても古い時期から存在していました。この湖がある断層から推定して、3500万年から10億年前にできたものだと考えられています。少し幅の広い推定ですが、どちらにしても人間が存在するはるか昔のことです。 ところが1999年の終わりに、この湖の真上の氷から微生物が発見されたと報告されました。これは微生物を含んだヴォストク湖の水が再び凍ったのだと考えられ、ヴォストク湖に生命が存在するという説により信頼性を与えました。また当時は大きく騒がれたようで、あちこちで関連記事が見つけられました。未知の生命への興味は誰だって抑えることはできないというわけです。 そして、今回この記事を書くきっかけになった発見が最近報告されました。これまではこの微生物が唯一の証拠というわけだったわけですが、別の方面からヴォストク湖の生命の存在の説をより補強する報告がされました。それはつい最近のサンフランシスコで開かれた米国科学促進協会(AAAS:American Association for the Advancement of Science)での報告です。その報告によると、この周辺で局部的な地震活動が観測されたというのです。つまり、この地質的な活動により、多くの熱と鉱物がこの湖にもたらされるわけです。つまり、地球上の生命が海から生まれてきたのプロセスと同じように、このヴォストク湖でも複雑な生命体が形成されていることが十分に考えられているわけです。少し冷めかけていた熱が再び燃え上がりました。 ところで、皆さんの中には、このように生命が存在するしないと仮説を出し合ってばかりいないで手っ取り早く、ヴォストク湖の水を調べればいいじゃないかと考えたかもしれません。現実にも直接穴をあけてヴォストク湖を調べるということはかなり前から言われているのですが、いくつもの問題点が存在しなかなか簡単なものではないのです。 そもそも4000メートルもの氷をつらくくような大穴をあけるのは、そう簡単なことではないことは想像には難くないでしょう。また、それ以上に問題なのは、この穴を掘ったときに地表の微生物が湖の中に入ってしまい、非常に長い間外部から隔絶されて存在してきた湖がそれによって侵害されてしまう危険性があるということです。これが大きな問題となって、なかなか調査が進行しないわけです。そのため、湖にたどり着くまで5年から10年はかかるものだと考えられています。 このためにいろいろな研究機関が調査方法を考えています。例えばこのような方法が考えられています。クライオボット(cryobot)とよばれる機械で湖面まで氷を熱湯で溶かしていくことでたて穴を掘ります。その際に過酸化水素を放出することによって、地表の微生物が湖に入らないように消毒します。そして湖面にたどり着いたところで、より小型なハイドロボット(hydrobot)とよばれる、ソナーとカメラを備えた機械を湖に放って調査します。 そしてエウロパへここで面白いのはNASA関連のJet Propulsion Laboratory(JPL)とよばれる機関が、この機械の製作に携わっていることです。NASAが地球内の調査をしていてもおかしいわけではないのですが、冒頭でほのめかしたように、どうやらエウロパが関連してそうだということがわかるでしょう。いよいよ今回の話も終盤を迎えました。まさにその通りで、専門家での間では、このヴォストク湖と木星の衛星エウロパとの類似点が研究の対象となっているのです。そして、このヴォストク湖での調査を、いつかやって来るエウロパでの調査に応用しようと考えているのです。というのも最初に述べましたが、エウロパも地表は分厚い氷で覆われていますが、その下には南極のヴォストク湖のように水が存在していると考えられているからです。確かにヴォストク湖は淡水で、エウロパは塩水であり、科学的な成分が異なるという点はあげられますが、両者は環境の面では非常に共通しているのです。例えば、ぶあつい氷で光が届かないといったことや、非常に低い温度であるといった点がそうです。今までに生命の誕生に必須だと考えられてきた太陽光という条件は最近の研究で必ずしも必要だとは限らないことが分かり、他に何らかのエネルギーの供給源があればよいと考えれるようになってきました。その点でも先ほど紹介した地震活動のようにヴォストク湖はエネルギーの供給源の条件を満たしています。また、おそらくエウロパでも同じように天体の中心の熱によりその条件を満たしているだろうと考えられています。 まだヴォストク湖に関しても氷を掘り進む計画の詳細はまったく決まっていない状況ですが、少なくともエウロパよりは早く進行するでしょう。というよりは、科学者の本音からは、ヴォストク湖の調査はエウロパでの調査の予行練習といった感じのように伝わってきます。 地球にとっても、このヴォストク湖の調査は、生命の誕生の歴史に大きな貢献をしてくれることは間違えないでしょうが、地球から遠くはなれた木星の衛星の謎、さらには宇宙での生命誕生の歴史の謎を解くカギとなりうるかもしれないのです。大げさではなく、その魅力に取り付かれた科学者たちの熱い思いが、いつかヴォストク湖の上の厚い氷を溶かすことになるでしょう。 注:惑星の名前などをカタカナ表記しましたが、それは英語の発音を直接カタカナにしたもので、一般的に呼ばれている名称と多少異なるかもしれません。その点をご了承ください 関連サイト
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