瞳の奥に見えるもの
この記事では、 という内容を取り扱っています。 現実の世界にもブレード・ランナーはいるか?「君が砂漠を歩いている。」 不思議な一連の質問と応答が繰りかえされ、そのときに質問側が応答側の目を観察する。 これは人とレプリカン(非常に精巧にできた人型ロボット)を見分けるため、その専門家であるブレード・ランナーが質問を繰り返し、質問のたびに現れる応答者の瞳孔の開閉や毛細血管の反応など、目のわずかな変化を観察しているのです。そう、決して言葉や顔には表れない心の中を、たとえそれを本人が意識していようといなかろうと、目を通して覗き込もうというのです。このような質問を繰り返すことで、ブレード・ランナーには人そっくりのロボットを見分けてしまうことができるのです。 実はこれは映画の中の話だけではありません。この現実の世界にも、瞳を見ることで、赤ん坊の頭の中を覗き込むことができる科学者がいるのです。たとえ赤ん坊自身が意識していようといなかろうと頭の中が分かってしまうのです。 すると、いったいこの科学者は何者なんでしょうか?はたして、ブレード・ランナーなのでしょうか?今回は、その科学者が、どうやって赤ん坊の瞳を通して、その頭の中を覗き込むのかといったお話です。 不可能を可能にした装置その科学者たちはローチェスター大学にいます。赤ん坊がどのようにして認知し発達していくのかということを解き明かすために設立された幼児研究所の科学者たちで、ディック・アスリン教授をリーダーとするチームです。この研究所では、新しく開発された目の動きをとらえる装置を使い、赤ん坊が情報を処理していく過程について新しいかたちの実験をしました。 今までにも、瞳から心の中をのぞくといった実験で大人を対象にしたものはありました。しかし、赤ん坊が自分の思っていることを言葉で表現できないということを考えると、こちらの実験のほうがより価値があるように思いませんか。でも、基本的には今回が初めてです。では、まず、今までなぜ赤ん坊を対象にした実験が行われなかったのか、そして、最近になって、どうして赤ん坊を対象にして実験が行えるようになったのかということから見ていきましょう。 その原因は装置の問題でした。今までにも目の動きをとらえる装置はありましたが、それは頭にすっぽりとかぶる形式のもので、着けてみるとわかるのですが、結構重いものでした。したがって、そのような重い装置は赤ん坊の頭に着けることはできず、赤ん坊に対してこのような実験はあまり行われてきませんでした。 しかし、今ローチェスターの研究所で使われている装置は違います。ここでは、遠隔装置を利用して目の動きを観察することにより、非常に軽いものとなりました。具体的にはこのような感じです。 母親のひざの上に赤ん坊が抱かれており、赤ん坊はテレビのスクリーンを見ています。その赤ん坊は小さなマグネットが埋め込まれたニットキャップをかぶっています。このマグネットの位置を確認することで、離れた位置からでも、赤ん坊の目をしっかりとマークできるようになりました。赤ん坊にはよくあることですが、じっとしているのが苦手で、すぐにイヤイヤをするので、今までの離れた位置からカメラを利用して赤ん坊の目をとらえる方法は、非常に難しいものでした。また可能だとしても非常に短い時間で、なかなかこれだけのデータから頭の中を覗き込むことは困難を伴う作業でした。(ブレード・ランナーも20,30問の質問を繰り返す必要がありますしね。) 「この技術によって、長い間赤ん坊の眼の動きをとらえることができるようになり、そのため研究に必要な情報をより多く手に入れることが可能になった。そのおかげで、我々は赤ん坊が学習していく過程を理解することができるようになった。」アスリン教授はこう言っています。そう、この装置のおかげで、赤ん坊自身意識していないことも分かるようになったのです。 赤ん坊の学習能力では、いよいよ研究内容を具体的に見ていきましょう。 研究者は赤ん坊にスクリーン上で何か注意を引くものを見せます。例えば、四角形やバツの形をした記号などです。また、例えば四角なら左の画面端から、バツなら右の画面端からというように、その記号は一定の規則を持って動くようにします。装置を利用して赤ん坊の視点を分析した結果分かったことは、赤ん坊の学習能力の速さについてでした。それぞれの記号と動きの規則をすぐ学んでしまい、どの記号がどこから出てくるかという分類分けをしてしまうという学習能力です。このことについて、ディック教授は「今回の実験でもっとも驚くべき成果だ。」と述べています。 しかし、ここで終わらないのが、今回の実験の面白いことです。先ほどの実験後、赤ん坊にわずかな休憩時間をあたえ、再び実験を行いました。しかし、今度は先ほどとは異なり、赤ん坊が以前経験したことのない映像で実験を行いました。具体的には四角形やバツという同じ形だけれど色が違う記号が、先ほどの動きと同じように出てくるという映像でした。これから分かったことは、赤ん坊は記号の色の違いに関わらず、同じ形の記号なら戸惑うことなく、先ほどの規則に基づいて、どの記号がどこから出てくるかというこという分かっているということでした。つまりこれから言えることは、赤ん坊というのは似た性質のものを一般化するということができて、例えばはじめの赤の四角形と次の青の四角形を同じ分類に振り分けることができるということです。つまり以上の結果から言えることは、赤ん坊が分類ごとに区別できるだけでなく、また、色の違いに惑わされることなく、一般化し同じ分類として振り分けることができるということです。 見方の違いはいろいろなところから生じます。 例えば視点の位置によって、10円玉は円形だったり、楕円だったり、また長方形だったりします。私たちはどの視点から見ても、それを一般化し、10円玉という分類に振り分けることができます。では、赤ん坊は、そのような形の変化にどう対応しているのでしょうか。 こんな見方の違いというものもありますよね。 たとえば、皆さんは町の人ごみのなかで、知り合いの姿がチラッと見えただけで、その人だと分かることがありますよね。体全体を見なくても、それが知り合いだということを判断できます。つまり、知り合いの姿の一部分を知り合いという分類に振り分けることができるわけです。そう考えると、私たちは対象の全体像を見ることは希で、ほとんどの場合は一部分だけを見てそれだと認識しています。これを赤ん坊で試してみようというのです。 ただし、おそらく、今までの例と比べてこれは一番難しそうな例だといえるでしょう。したがって、これには多くの時間と実験回数が必要だとして、ディック教授のチームはこのような実験を今後しかりやっといこうと考えています。また、他にも音を使った実験にも興味をもっています。特に、これは赤ん坊がどのように言語というものを習得していくのかといったメカニズムの解明に大きく貢献するものとして期待しています。 2019年に向けて先ほども述べましたように、新しい機器の開発によってこのような実験方法が可能になったばかりで、この赤ん坊に関するこの分野の研究もまだ始まったばかりです。しかし、赤ん坊の認知発達を研究する上で大きな結果が得られると考えられます。 ブレード・ランナーである主役のデッカード(ハリソン・フォード)は、自分がロボットであることに気づいていないヒロインでさえもロボットだと見抜きました。このように映画の世界にしても、現実の世界にしても、本人すら分からないことが目に表れるという点では共通しています。もっとも、映画の世界では不思議な質問と応答の繰り返しであるのに対し、今回紹介した実験では、赤ん坊ガしゃべれない理由から、代わりにテレビのスクリーンの映像を見せるという違いはあります。しかし、外界からの刺激に被験者が対応するという点では同じといえるでしょう。 映画の舞台は2019年です。多少の怖さを感じながらも、そのころにはこの分野はどうなっているか、非常に興味深いところです。まだ、駆け出しのこの分野が大きく飛躍することを期待したいものです。 関連サイト
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