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こちらは気になる科学探検隊
更新: 2001/04/07
こちらは気になる科学探検隊

ザトウクジラとビートルズ

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この「こちらは気になる科学探検隊」のホームページは、現在、サイエンス・グラフィックス株式会社がアーカイブとして管理しています。すべてのお問合せはサイエンス・グラフィックスまでお願いします。
また、このホームページは2002年までのもので、現在は内容的に古くなっている可能性がありますが、あらかじめご了承下さい。

この記事では、

という内容を取り扱っています。

不思議なラブソング

 マイケル・ノード博士は、1995年にオーストラリアの東北にあるグレートバリアリーフにやってきて、繁殖期のザトウクジラの鳴き声を観察していました。ノード博士は毎年ここにやってきて鳴き声を記録していました。

 はじめの年は、その群れのオスはみな同じ鳴き方をしていました。次の年に、ノード博士が観察したところ、奇妙なことに気づきました。記録した82匹の鳴き声の中で、二匹の鳴き声が、他とはまったく異なるものだったのです。しかし、そのとき博士は、その二匹は病気か何かで他と違う鳴き方をしているのだろうと考え、それ以上深いことは考えませんでした。

 ところが、また次の年にやってきたときには驚くべきことがおこっていました。いつもと同じようにザトウクジラの鳴き声を記録したところ、多くのクジラが、去年のあの二匹と同じ鳴き方をしていたのです。そして、その年の観察が終わるころには、群れの中のほとんどすべてのオスが、その新しい鳴き方をしていたのです。

 今までにも、このグレートバリアリーフで、ザトウクジラの鳴き声は観察されてきたのですが、これは今までにまったく確認されていないことでした。そこで詳しい観察を続け、オスのクジラたちは「最新」の鳴き方を真似るということが分かりました。

 今回の話は、この不思議な現象から始まります。いったい、これはどういうことなのでしょうか?

 数ヶ月のうちに、ザトウクジラのオスたちは今までの古い鳴き方をやめ、新しい鳴き方を真似するようになっていたのです。もちろん、はじめのうちはノード博士にはいったい何がおこっているのかわかりませんでした。

 しかし、フリマントルにあるクジラ研究センターから、オーストラリアの西岸のインド洋で繁殖期をむかえたオスたちの鳴き声を記録したテープが、ノード博士の元に届けられたとき、この疑問は消えました。

 その届けられたテープには、去年の奇妙な鳴き方をした二匹のオスと同じなき方が記録されていたのです。

 つまり、あの二匹のザトウクジラのオスはもともとはインド洋にいる群れのクジラではないかと博士は考えたのです。ザトウクジラは、夏の間は食料を探しにインド洋から南極のほうへやってくるのですが、また繁殖期になるとインド洋へと戻ります。ところが、道を間違えたのか、インド洋へ向かう群れからはぐれたその二匹は、間違ってバリアリーフへとやってきてしまったのです。

 しかし、そうだとしても大きな疑問が残ります。去年の時点で、たった二匹のオスだけが違う鳴き方をしていたことはこれで説明できます。しかし、なぜ、もともとバリアリーフにいた多くのオスたちはこの二匹の鳴き方をそろって真似たのでしょうか?なぜ、二匹のほうが、他の多くのオスの鳴き方を真似しなかったのでしょうか?

 その答えを探す前に、繁殖期でのオスの鳴き声のはたらきを説明しておきましょう。この時期のザトウクジラのオスの鳴声は、メスをひきつけるためにアピールだと考えられているのです。そのため、オスは他と競い合って、鳴き声でメスを魅了しようとします。したがって、繁殖期のこのオスの鳴き声は、一種のラブソングといえますよね。(笑)

 このラブソングは、だいたい7分から15分くらいの長さで、いくつかのテーマを持った部分に分かれているそうです。ザトウクジラほど長くて、美しいラブソングを歌う動物は他にはいないといわれることもあります。(このラブソングが聞きたい人は下のURLを参考にしてみてください。廃れてしまったラブソングと新しいラブソングの両方が聞けます。
http://www.smh.com.au/news/specials/intl/whale/whalesong.html)

ビートルズとザトウクジラ

 さあ、いよいよこの謎解きをはじめましょう。

 そこで、オスの二つのラブソングを、メスの視点から見てみると何が言えるでしょうか。みんな同じなき方をするオスより、言うまでもなく、別の鳴き方をするオスの方が魅力的に見えるのではないでしょうか。こうして多くのメスが、あの二匹の変わった鳴き方に魅了されたのでしょう。

 そのため、他のオスも、メスに人気のある新しい鳴き声を必死で真似しようとしただと考えられます。

 ある科学雑誌には、この現象を、私たちの世界のポップカルチャーに例えていました。その雑誌の挙げた例はこのようなものでした。

 イギリス育ちのビートルズが初めてアメリカに上陸したとき、異様な現象が起こりました。アメリカの女性はみんなビートルズに夢中になり、他のグループに目をむけなくなくなったのです。このとき、アメリカの男性グループは、ヘンな歌を歌うよそ者のビートルズがなんでこんなに女性に人気があるのか分かりませんでした。そこで、他の男性グループもビートルズのまねをしたのです。

 もう、お分かりだと思いますが、実にうまい例えだと思います。つまり、よそ者でヘンな歌を歌うビートルズは去年やってきたインド洋の二匹のオスのザトウクジラで、他の男性グループはもともと東岸のバリアリーフにいた多くのザトウクジラのことをさしているわけです。

 私たち人間のファッションと同じで、ザトウクジラたちも流行に敏感なのです。だから、群れの中でほとんどのオスが同じラブソングを歌っているときはそれを歌い、ひとたびメスに人気のある新しいラブソングが流行り始めると、そのラブソングを歌い始めるというわけです。

海の中の文化

 この例えがあまりにも上手なので、クジラたちの世界にもポップカルチャーのようなもがあるのではないかとさえ思いたくなってしまいますよね。ご存知のとおり、とくにクジラやイルカなどの海洋哺乳類はとてもかしこいので、何らかのかたちで文化というのを持っていてもよさそうな気がしませんか。

 しかし、こんなことを言うと、まず間違いなく、多くの社会科学者にばかにされてしまうでしょう。多くの社会科学者は、人に最も近いといわれているチンパンジーを含めて他の動物がある種の文化をもっているといった考えに、声をそろえて反対するからです。社会科学者にとって、私たち人間が他の動物と違うのは、言葉を話すだとか、伝承、宗教、音楽、芸術、文学というものを持っているからで、それこそ文化だというのです。結局のところ、クジラには文学も宗教もありません。そういうわけでクジラには、文化をもつというような優れた能力はないと主張するのです。

 しかし、クジラにも人と同じように文化というものがあるとしたら、なんとも夢のある話ですよね。クジラたちの神秘に魅了された科学者が、長年の間、クジラを観察しつづけたおかげで、クジラはお互いに学ぶということができるということが明らかになってきました。こうしてクジラがお互いに学びあうことによって、文化が出来上がっていくのだというのです。それでは、最近の研究の内容を少しのぞいてみましょう。

 今のところは、ザトウクジラの文化性を示すものとして具体的なものに、このラブソングの流行の例があげられます。これはザトウクジラだけに見られるものではなく、他のいくつかのクジラにも見られるそうです。

 ザトウクジラというのは、世界中のいろいろなところで群れをなして生活しています。その群れの中では、オスのクジラはみな同じなき方をしているのです。これは、その群れの中で受け継がれているものといえるでしょう。しかし、これが遺伝子による遺伝ではないことは、今回の話を見ていれば分かりますよね。

 今回の例のように、一度新しい歌が流行すると、みなそれを真似するようになるという現象は、当然のことながら遺伝子の突然変異でもなければ、環境の変化による動物の生活の変化でもないでしょう。このザトウクジラが新しいラブソングに敏感で、他のオスから真似して学ぶということのほうが説得力があります。

過去の知識を伝える

 すると、今回のラブソングの話に限らず、どうしてザトウクジラなどが、互いに学びあって、文化を形成するという行動をとるのかという疑問がわいてきます。文化が生まれてくるのには、環境などの急激な変化などに対応するために、文化の必要性が出てくると一般に考えられています。しかし、ザトウクジラなどの場合、陸上より環境の変化が小さい、海の水の中という環境の中で生活をしています。

 しかし、そんな海の中でも大きく変化するものが一つだけあるのです。それはエサの変化です。だから、エサが急激に減るようなことがあったら、過去の知識を共有することによって切り抜ける必要がでてくるのです。さもないと、以前のようなガラパゴス沖での超エルニーニョ現象などがおこると、そこにいるクジラの群れは絶滅してしまうおそれがあります。しかし、過去の知識があれば、そんなときに他にエサがいるとこれへ移動すればいいというわけです。

 クジラの文化の形成に影響を与えていると考えられる点がいくつかあります。

 海洋での環境というのは、水という媒体のおかげで、音が遠くまで伝わり、認識したり学んだりするのに理想的な環境だともいえます。実際にメスのザトウクジラは、オスのザトウクジラのラブソングを聞き分けることができたのです。このように、水という優れた音の媒体は、文化の形成に影響を与えていても不思議ではありません。

 さらに、他の動物と比べても、クジラというのは長い寿命をもっています。人のように、子供を産んでからも長い間、メスのクジラが生きているため、文化を次の世代に伝える時間があるといえます。

 文化は、人が他の動物と区別される根拠で、自然の対極として捉えられることがよくあります。しかし、クジラを専門とする生物学者の中には、そうとは考えずに、文化は他の動物の中にも見られ、生物の適応の一種だと考えているのです。

 そして、それぞれのグループの行動の多様性が、先ほど出てきた群れごとに異なるラブソングのような文化になっていくのだと考えています。そうやって、文化を共有することで、より生き延びる確立が高くなり、次の子孫へと遺伝子を伝えることにもなるというわけです。

 そう考えると、遺伝子と文化も非常に密接に関わっていると考えることができますよね。それが長い間続けば、地域ごとにまったく違うラブソングを歌うクジラたちの説明もできるわけです。

 実際、いろいろな地域のザトウクジラのDNAを調べた科学者もいます。その調査により、DNAの違いは大きなものではなかったが、まったくランダムに違いがあるのではなく、ある規則を持って、違いが生じていることが分かりました。こうして、ザトウクジラはますます、地域ごとにある種の特徴をもった文化を形成していくというわけです。

 そして、長年の間、別々に育ってきた異なった文化が、互いに触れ合うとき、今回の新しいラブソングの大流行というような現象がおきるのだと考えられています。クジラたちにとっては、まさにビートルズがアメリカに上陸したときのようなインパクトがあるのでしょう。もしクジラに文化というものがあるのなら、海の中でも絶えずこのような文化のふれあいがあるわけで、なんとも不思議な気になりませんか。

関連サイト

●2000年の12月頃にこの記事はウェブ上で多く見られました。その中でいくつか参考にしたものを載せておきます。


●クジラについてもっと知りたいと思った方もいると思いますので、いくつか遊びながら学べるサイトなどを上げておきました。


●記事の後半の方を端折った感じがあるので、詳しいことはこのサイトを参考にしてください。