■メゾスコピックサイエンス
− バリスティック伝導
散乱されない電子の輸送
ドリフト電流とバリスティック伝導のモデル図。 |
今ではトランジスタとエレクトロニクスは切っても切れない関係にあるが、エレクトロニクスの歴史が始まった頃は、トランジスタよりも真空管の方が中心的な存在だった。真空管の基本的な原理は、真空中でフィラメントを加熱して熱電子を放出させ、それを電場でコントロールすることでいろいろな機能を実現するというものだ。つまり真空中で散乱されずに進む電子の振る舞いによって、いろいろな機能が実現されているのだ。
ところが真空管は、消費電力が大きい上に小型化が難しく、信頼性にも欠けることから、じきにバーディーン、ブラッテン、ショックレーらによって発明されたトランジスタに取って代わられることになった。(詳しくは「トランジスタ」で。)
トランジスタに使われているのは半導体で、その性質を決めているのは、結晶中で自由に振舞う伝導電子である。伝導電子は結晶中の不純物などにぶつかって散乱されながら進み、巨視的な現象としては私たちのよく知っているオームの法則として現れてくる。
G=σS/L :オームの法則
(G:電気伝導率、σ:電気伝導度、S:断面積、L:長さ)
ところが現在の半導体デバイスは微細加工に次ぐ微細加工のおかげで、トランジスタはますます小さくなっている。そして電子が散乱される前に結晶内を通りすぎる、つまり電子の平均自由行程よりも結晶の方が小さくなるように加工することも技術的に可能になってきた。
これを可能にする方法は2つあり、電子の平均自由行程を大きくするか、それとも試料を小さくすればよい。前者については、試料を低温にするか、分子線エピタキシー(MBE)などの技術で高純度な結晶を生成することで実現できるが、現実的なエレクトロニクス応用を考えるなら室温での実現を期待したい。後者については、電子線リソグラフィーなどで数十nm以下の微細加工が可能である。
G=2e^2/h: ランダウアーの公式、バリスティック伝導を表現する
(e:電子素量、h:プランク定数)
このように電子が散乱されずに結晶内を通り過ぎる現象を「バリスティック伝導(ballistic,弾道)」と呼ぶ。バリスティック伝導は特別な材料に限られた性質ではなく、ごく身近にある金属から有機分子まで幅広い材料で実現できるとされている。最近では、カーボンナノチューブがバリスティック伝導を示すことも分かっている。
バリスティックな伝導性を示す材料を電界効果(型)トランジスタ(FET)のチャンネルに用いれば、電子はソースからドレインまで散乱されることなく進み、スイッチング速度の速いトランジスタが実現できる。
なお、バリスティック伝導は電子が散乱されることなく進むことが出来るということから、超伝導のように電気抵抗がゼロかと思えるかもしれない。しかし実際は、バリスティック伝導性材料を外部の試料と接続するときに、有限の電気抵抗が生じることが分かっている。そこで、バリスティック導電性の細線に有機分子が付着すると、その電子散乱により電気抵抗が生じることから、分子レベルでの高感度センサーに応用しようという研究も行われている。
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