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ヒトデに大きな可能性を見出すバイオミメティクス


---思わぬところに、可能性は隠れているものです。海底に存在するヒトデの仲間に、光に非常に敏感なものがいます。けれどヒトデには目はありません。科学者も長い間、その謎に首を傾げていたのですが、その答えは骨格にある結晶構造にあることが分りました。また偶然にもこの仕組みは、人間が最近になってつくるようになったものですが、この最先端技術とブリトルスターとを比較すると面白いことが分かってきます。---


この記事では

 海の底から最新技術へ・「やあ、兄弟!やっと来たね」
 オイ、どこに目をつけていやがるんだ?
 古くて新しいマイクロレンズアレイ
 結晶形成の手品師
 バイオミメティクスの可能性

     という内容で構成しています。
 
海の底から最新技術へ・「やあ、兄弟!やっと来たね。」


Lucent Technologies Inc
海の底にすんでいるヒトデの仲間であるこの生物が人間の最先端技術に匹敵する、いやそれ以上の仕組みを持っています。それはいったいどういうものでしょう?
 自然界には思わぬところに驚きが隠されています。何も自然を満喫しようと旅に出かけたときだけの話ではありません。最先端のコンピュータやディスプレイの開発に携わっている研究者たちにも当てはまる話です。今回は、情報通信技術で有名な企業ルーセントの研究員たちが、海の底で這い回っているヒトデの仲間からビックリするようなことを発見しました。

 この生物は長い腕を5本持っており、その腕は硬い骨格で覆われているのですが、その骨格のはたらきは身を守るためだけではありません。その骨格をもう少し近くで、そう、電子顕微鏡を使うくらい近くで見てみると、表面にたくさんのレンズのような突起が整然と配列していることが分かります。

 実際は「ような」ではなくて、レンズなのです。一つのレンズの直径が約50μmで、それが無数に配置され、光や周りの風景をどの方向からでもとらえることができます。


 今回の発見とは関係なく、最近になって偶然にも、人間はこれと同じ仕組みを持ったものをつくりはじめるようになりました。正確にはつくることができるようになったと言うべきでしょう。それは、マイクロレンズアレイ(Microlens Array)と呼ばれる小さなレンズが配列しているシートです。光通信やディスプレイ、レーザーなど、まさに最先端の分野になくてはならない存在なのですが、何のことはない、自然界には何千万年も昔からこれが存在していたのです。しかも残念ながら、今の私たちの技術が及ばないほど優れたマイクロレンズアレイなのです。
 
 このように、生物に秘められたヒントを見つけてそれを真似ることは「バイオミメティクス」と呼ばれ、閉塞感が漂っている今の素材開発や情報通信の世界に、そうとうのインパクトを与えるものと期待され始めています。

 今回は、このヒトデの仲間の骨格にあるマイクロレンズが、私たちの技術と比べてどう優れているのかということや、このヒントをどう利用していけばよいのかといったことを見てみましょう。



オイ、どこに目をつけていやがるんだ?

 
今回、研究の対象となったのは、ヒトデやウニの仲間のブリトルスター(brittlestar)と呼ばれる生物です。ただし、ヒトデやウニとは違い、5本の腕を使ってすばやく歩き回ることができます。(ブリトルスターの写真↓)


 このブリトルスターはヒトデやウニと同様に、光を感知する器官は未発達だと考えられていました。ところが、80年代にこのブリトルスターが生物学的に研究されるようになって、光に反応し、明るいところを避ける傾向があることが観察されるようになりました。


Lucent Technologies Inc
この50μm程度の突起が、ブリトルスターの「目」として、レンズの役割をはたしています。
 しかし、それでは「目」はどこにあるのでしょうか?私たちが想像するような目は、ブリトルスターのどこにも見当たりません。そこで、電子顕微鏡を使って、体中をくまなく観察したところ、腕の骨格の部分に、数十μmのレンズがびっしりと詰め込まれていることが分かりました。(ブリトルスターの骨格表面の電子顕微鏡図→)


 確かに、偶然にしては、あまりにもレンズの形に似ています。しかし、骨格表面に「目」としてのレンズがびっしりと並んでいる生物は、これまでに発見された例がありません。それに、それほど優れたレンズを、この原始的な生物がもっているはずもないと考えられていました。

 自分たちがじろじろとブリトルスターの骨格の突起を観察しているときに、逆にその骨格からブリトルスターに見られていることなど、そのときの研究者は誰ひとりとして想像することもできなかったのです。



古くて新しいマイクロレンズアレイ

 結局、ブリトルスターの「目」としてはたらいているのが、骨格にある突起だと分かったのは、今回の報告を待たなくてはいけませんでした。今回の研究チームは、ブリトルスターから骨格を取り外し、感光物質をのせたシリコンの上に置いて徹底的に研究してみました。

 すると、この直径50μmのレンズの下約5μmの位置に、焦点がくることが分かりました。しかも、ちょうどブリトルスターのその位置には、神経細胞の束が埋まっていることが分かったのです。つまり、骨格に埋め込まれているレンズを通して、神経がその光を感じ取っているのです。そのため、ブリトルスターがあれほど敏感に光に反応することができたのです。

 さらに面白いことが分かりました。このレンズは方解石という炭酸カルシウムの結晶からできているのですが、一般にこの結晶は角度によって見える像が二重になってしまったりします。しかし、ブリトルスターのレンズは中心から10度の範囲の光しか感知しない仕組みになっていることが分かっているので、そのような複屈折はおこりません。また、結晶の方向性などその他の純度でも非常に優れているのです。複屈折や純度の問題はいつも工学的にマイクロレンズアレイをつくるときに問題になるのですが、それを解決するのに、今回のブリトルスターが大きなヒントになるでしょう。

 ところでレンズ越しに見える風景ですが、おそらく昆虫の複眼のように見えるのでしょう。ただし、私たちがそれを認識しているように、脳がないブリトルスターが認識しているかどうかは怪しいところです。しかし、このレンズ自体が優れていることには変わりません。

 さて、このマイクロレンズもつ性質の優れた性質は分かりました。しかし、そのマイクロレンズのつくり方となると、私たちとブリトルスターでは、ずいぶんと違うのです。と言うよりも、まったく逆のアプローチによってこのマイクロレンズをつくっているのです。




結晶形成の手品師

 単純な生物だと思われていたブリトルスターに、これほど優れたレンズが存在しているのは、それだけで驚きです。しかし、このレンズがどうやってつくられているかということを考えると、もっと驚かなくてはいけないでしょう。

 考えてみれば、有機物でできている生物が、方解石という無機結晶の形成を制御して、しかもこれほど精度よくレンズの形や配列していくのには感心させられます。その制御の方法には非常に興味が湧くところですが、今のところまだはっきりと分かっていません。

 まず私たちがマイクロレンズをつくる場合には、コンピュータチップをつくるときのように、フォトリソグラフィー(光のビームのようなもの)によって削っていくことで、トップダウン的に仕上げていきます。

 しかし、詳しくはわからないとは言っても、少なくともブリトルスターは私たちのようにトップダウン的なつくり方はしていません。小さな分子のスープから始まり、自らじょじょに集まって形成されていくような「自己組織化」によってこのマイクロレンズを作り上げているのでしょう。

 バイオミメティクスの定義は、自然に存在しているものを真似るということで間違いありませんが、大原則として、「エネルギー的に最小のインプットで最大のアウトプットを得る」というものがあります。そのため、今回の場合も、結果としてのレンズだけではなく、それがつくられていくプロセスも非常に注目されています。不明なことが多いながらも、あの小さな生物の小さなエネルギーで作れるほどの、加工プロセスは非常に興味深いところです。


 ところで骨や歯、卵の殻といった無機物は、さまざまな生物が制御して形成しているのですが、海などに生息する貝などが貝殻をつくるプロセスは、特に顕著なものとして、これまでにも多くの科学者に注目されてきました。

 具体的には、あわびの貝殻の話があります。この部分は炭酸カルシウムでできているのですが、この炭酸カルシウムはわざわざ熱力学的に不安定な結晶構造からできているのです。炭酸カルシウムとひとことに言っても、いくつかの結晶構造(多形:polymorph)があり、例えば一般に安定な方解石(カルサイト)と、やや不安定な霰石(アラゴナイト)があります。(2つの結晶の写真。上が方解石、下が霰石)
http://www5b.biglobe.ne.jp/~scarlet/29925537/index.html
http://www5b.biglobe.ne.jp/~scarlet/Aragonite.htm

 驚いたことに、あわびは貝殻にわざわざ不安定な霰石を材料として使い、しかもその形成を上手に制御しているのです。おそらくは貝殻の内側についているタンパク質や巨大分子の膜が、結晶の形成を誘導しているのでしょうが、あまりそれ以上ハッキリしたことは分かっていません。この分野はバイオミネラリゼーションと呼ばれて多くの科学者に研究されているようです。

 このように前々から、新素材を開発したい研究者たちは、海の中の生物に注目していたのです。そのため、情報通信技術を中心とした企業であるルーセントの研究者が、休暇中の海水浴でもないのに、海の生物のまわりに熱心に群がっていたのも、そう不思議なことでありません。




バイオミメティクスの可能性

 このようにしてして、今回のブリトルスターのマイクロレンズアレイが発見されたのですが、最後にこれがどのように応用されていくかを少しだけ述べておきましょう。

 近いうちにこのマイクロレンズアレイを使って、ムラのない照明器具や多方向からもよく見えるディスプレイなどが登場するでしょう。

 しかしそれだけではなく、他にもさまざまな光学デバイスに応用できます。光ネットワークはもちろんのこと、光学リソグラフィーなどと、今閉塞感が漂っている業界に、少なからぬ影響を与えることになるでしょう。また、私たちとはまったく違ったマイクロレンズアレイのつくり方も研究しなくてはいけないでしょう。

 確かに、自然界に存在しているものが、必ずしもすべて効率面などで優れている保証はありません。例えばエネルギー効率の面なら、車輪の例を挙げれば、すぐにわかることでしょう。平らな場所を進むのなら車輪ほど優れたものはないでしょうが、ほとんどの生物は車輪のような仕組みを持っていません。

 しかしそれを理解した上でも、今回の例のように、場合や用途によっては、自然界には私たちが想像も出来ないほど優れた素材が埋もれているものです。思わぬところに可能性が秘められているのです。いかにそれに可能性を見いだすことができるかということが重要になってくるのでしょう。




          
関連コラム
「気になる科学ニュース調査」の以前のコラムから。今回はバイオミメティクスに関係あるコラムを集めてみました。2つのコラムとも、思わぬところに優れたものが埋もれています。

ジャガイモから作ったクモの絹 - 遺伝子組換えの可能性
 クモのつくる繊維はその強度もさることながら、それがつくられる過程にも目を見張るところがあります。

水に浮く「水滴」
 水滴にコケの疎水性の胞子をかけたところ思わぬ性質をえることができました。これを研究することで、細胞内などでの物質の移動が説明できるかもしれません。


関連サイト

Bell Labs Scientists Find Marine Creatures May Lead to Better Optical Networks(英語) - Lucent
 今回の発見をしたのは、ルーセントの有名な研究所であるベル研の研究員。そのプレスリリース。高解像度の写真も見ることができます。

Brittlestar(英語)
 今回のブリトルスターを含め、さまざまなヒトデの仲間の生物的な特徴が説明されています。

Calcitic microlenses as part of the photoreceptor system in brittlestars (英語) - nature
今回の論文が掲載されたネイチャーのページ。マイクロレンズの細かい仕組みはこれを見るべきでしょう。


バイオミネラリゼーションなどの研究紹介 - 東京大学
 バイオミネラリゼーションの他、生物のさまざまな代謝や反応について書かれています。

鉱石ギャラリー
 今回話に登場した方解石、霰石を含めさまざまな鉱石が紹介されています。

複屈折について(英語)


マイクロレンズアレイを開発する企業など
ここからはマイクロレンズアレイを開発している企業とその関連ページを紹介します。どの企業も最先端を行っているのですが、それより優れた技術が何千万年も前に自然界に存在していたと言うのは驚いても驚ききれません。

日本板硝子
 ・平板マイクロレンズアレイについて
  マイクロレンズアレイの用途などがかかれてあってありがたい。

オムロン
 ・MLA(マイクロレンズアレイ)とは



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