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ジャイロスコープ:フーコー振り子からセグウェイ、さらに…



ブリキのおもちゃから自動車、船舶、体感ゲーム機、飛行機、ミサイル、そしてあのセグウェイ(ジンジャー)に至るまで、バランスをとっているのはジャイロスコープといわれる一連の装置です。これは100年以上も前に科学者フーコーの考え出した二つの装置と原理を同じくするのもなのですが、いったいどういったものなのでしょう?

この記事では
 ・地球の自転を測った大振り子からセグウェイまで
 ・フーコーの一つ目の発明:「フーコー振り子」
 ・フーコーの二つ目の発明:「ジャイロスコープ」
 ・セグウェイのバランス感覚とジャイロスコープ
 ・究極のジャイロスコープ
     という内容で構成しています。
 
地球の自転を測った大振り子からセグウェイまで


地球の自転により生じるコリオリの力を計測するフーコー振り子
 19世紀半ば、一生を地下室で過ごし、星を見ることもない物理学者がいたとしたら、その物理学者にとって、地球の自転を知り得る手段はありえたでしょうか?

 ・・・実は、その手段はありえたのです。19世紀半ばにフランス人科学者フーコーは、地球が回転しているために生じる「コリオリの力」を測ることで、地球の自転を知ることのできる振り子を発明していたからです。これによって、歴史上ではじめて、地球上の情報だけで地球の自転速度(角速度)を測定することができるようになりました。これは物理学的な意味で、非常に大きな出来事でした。

 また、フーコーはその一年後に、フレームの中にはまったコマのような装置「ジャイロスコープ」を、やはり歴史上ではじめてつくっています。
(フーコー振り子と古典的なジャイロスコープのイメージ↑)


 その後、ジャイロスコープというものは、小型化、高性能化、多機能化などと、外見も内容も、ずいぶんと変りました。現在では、ブリキのおもちゃから自動車、船舶、体感ゲーム機、飛行機、ミサイル、そしてあのセグウェイ(ジンジャー)に至るまで、その動きや回転を計測し、バランスを保っています。

 けれど、これだけ多様なジャイロスコープの原理のほとんどのものが、大雑把に言ってしまえば、100年以上も前にフーコーの考え出したこの二つの装置のどちらかと同じものに分類できてしまうのです。これはあのセグウェイでも例外ではありません。(本当はジャイロスコープは大別して3種類と言うべきかもしれないが…)

 そこで今回は、この長いジャイロスコープの歴史を考えながら、さらに私たちの目の前に現れつつある、まったく新しいジャイロスコープがどんなものかを眺めてみることにしましょう。




フーコーの一つ目の発明:「フーコー振り子」

 コリオリの力とは、自転している地球上での運動を考えたときに、数学の計算の上で現れてくる仮想的な力です。そのため、これを数式を使わずに言葉だけで一般的に説明するのは、直感的にもわかりにくいし、誤解を招きやすいものでもあります。

 ただ、コリオリの力について具体例をあげるなら、馴染み深いものがいくつかあります。例えば、大気は気圧の高いところから低いところへ、等圧線に対して垂直に流れ落ちていくはずですが、その横向きに力がはたらいて、結果として低気圧は渦を描くようになります。このように大気の流れる向きを曲げているのがコリオリの力です。

 それぞれの半球で自分の極を中心に地球の運動を考えれば、地球の自転の向きは互いに逆なので、コリオリの力の向きも逆になります。それで、北半球と南半球で低気圧の渦の向きが逆になるわけです。

 ところが、コリオリがこの仮想的な力を提唱してから実験で証明されるまでに20年がかかりました。それは、コリオリの力が観測するのが困難なほど弱いものだったからです。洗面所やバスタブの排水溝で渦が生じるのはコリオリの力のためだと言われますが、実際は、コリオリの力というよりもバスタブなどの構造によることのほうがはるかに多いのです。コリオリの力というのは、台風のようにもっと規模の大きい現象でないと確認することはできません。


フーコー振り子の重りの軌跡を上から見たプロット
 このコリオリの力をはじめて実証したのがフーコー振り子でした。これは博物館などの天井の高い建物で設置されているような非常に大きな振り子です。フーコーのつくったものは長さが72メートル、重りは28キログラム(博物館にあるのはたいていの場合もっと重い)というものでした。
(フーコー振り子のイメージとその振動のシミュレーション→)


 ふつうなら、振り子を離すときに力を加えなければ、その振動は上から見れて直線上で行われます(1次振動)。ところが、赤道を除く地球上でこの実験を行う限りは、この重りにも振動方向と垂直方向にコリオリの力がかかります。フーコーの振り子のようにこれだけ大きいものには、どうしてもコリオリの影響が無視できなくなります。そして、少しずつ振動は横にずれていき、円を描いていきます。そのため図のようになるのです。フーコーはこれを計算と合わせて観測し、地球の自転速度(角速度)をはじめて測定したのです。

 このようにコリオリの力を観測するには非常に大きな装置が必要になりますが、さもなければ、いかにまわりのノイズを少なくするかという努力が必要になります。

 しかし、実際、セグウェイに詰まれているジャイロスコープ(特に振動ジャイロと分類される)は鉛筆の先程度の大きさで、しかもこのフーコー振り子と同じ原理をしているのです。その秘密に入る前に、フーコーのもう一つの発明品を見てみましょう。




フーコーの二つ目の発明:「ジャイロスコープ」

 フーコーの考えたジャイロスコープは、振り子とは違ってコリオリの力とは離れますが、これもバランスをとる装置として重要な役割を果たしてきました。今一般にジャイロスコープといえば、これを応用したもののことを指します。

 いわゆる地球ゴマで、地球の自転のように、軸が傾いた状態で回転を続け、重力がはたらいても倒れない「歳差運動」をしています。このように高速で回転している物体は、加えた力の方向には倒れないで、力に対して垂直な方向に回転軸が移動します。これをジャイロ効果といいます。この場合コマは非常に安定しているので、コマを支えている外枠の部分が向きを変えれば、コマは元の向きを保つために軸の向きを変えます。(下図↓)


ジャイロスコープの非常に古典的なもの。回転軸が一定の方向で保たれている。


 これを取り付けた飛行機や船舶が回転するとき、コマの軸の部分の角度の変化を調べれば、飛行機や船舶がどのような動きをしているかがわかります。

 ただし実際問題では、フレームの接合部分(ジンバル)が摩擦なく滑らかに回転する必要があるのですが、そうはいきません。どうしてもここでエラーが生じてしまいます。そこでコマ軸をバネで固定し、バネ応力が角速度に比例することを利用して角速度を検知し、それを積分するというレートジャイロというものがあります。

 しかしいずれにしても、精密な駆動部分があるために、定期的なメンテナンスが必要になります。さらに寿命も長いとは言えません。なにより機械的なものであるため、小型化が非常に難しいのです。飛行機や船舶の場合はよいにしても、ビデオカメラやセグウェイにはどうしても取り付けることはできません。




セグウェイのバランス感覚とジャイロスコープ

 小型化が難しい機械式ジャイロと比較して、マイクロジャイロといわれるものがありますが、実はこの仕組みは、フーコー振り子と同じ原理を利用した振動ジャイロなのです。

 しかし当然のことながら、フーコー振り子とまったく同じ方法では、小型化などできるはずもありません。そこでもっと小さい規模で、正確な振動を刻むものが必要なのですが、何か適したものはないでしょうか?

 その答えは、私たちの十分身近なところにあります。例えば、ほとんどの時計に使われているクオーツがまさにその答えで、「水晶振動」を利用しています。水晶やセラミクスには、力を加えて歪めると電荷の偏りが生じる「圧電効果」というものがあり、また逆に、電荷の偏りを作って形を歪める「逆圧電効果」というものもあります。これを利用して、フーコー振り子のかわりの振動子をつくるのです。


圧電セラミックジャイロの仕組み。上のフーコー振り子の仕組みと見比べてみると、ほとんど同じ原理であることがわかる。
 この振動子も静止しているときは直線上で振動(一次振動)をしています。しかし、例えば自動車に取り付けて自動車が回転すれば、コリオリの力が振動子の振動方向と垂直に加わります。こうして横揺れが生じ、二次振動となります。この変化を電磁場やレーザーなど何らかの方法で検出すれば、自動車の回転運動について知ることができるというわけです。これが振動ジャイロと呼ばれるものの一般的な仕組みです。
(圧電セラミックスジャイロの場合の仕組み←)



 ただ、これは振動子を吊るすなどして固定する必要があるのですが、そこから外部の振動がどうしても伝わってしまいます。この辺は振動ジャイロの難しいところで、精度が落ちる欠点となっています。

 実際、セグウェイで使われているのは、圧電効果を利用したタイプの振動ジャイロではありません。伝導性のリングを宙吊りにし、電磁場を利用してこれを振動させるのです。振動子の役目をするリングが宙吊りになっているために、外部の衝撃に左右されにくいというわけです。
 
 この振動子の場合も自動車が動いていない場合なら、直線方向に振動しているのですが、自動車が回転することによって直角方向にコリオリの力がかかります。この点は、他の振動ジャイロと同じ仕組みです。


 セグウェイには、このタイプの振動ジャイロが5つ取り付けられているのです。もっともセグウェイには、この振動ジャイロに加え、家庭のパソコンの3倍ほどの性能にあたるマイクロプロセッサと、それに見合うだけのソフトウェアが内蔵されており、振動ジャイロだけではセグウェイの安定性について半分も語ることはできません。しかし、フーコー振り子と同じ原理のジャイロスコープが利用されているのです。




究極のジャイロスコープ

 現在では、この機械式ジャイロ、振動ジャイロの中にもさまざまな種類のものがあり、またレーザーや光ファイバを使った光学ジャイロというものもあります。どれも、一長一短があり、完全なものはありません。

 しかし現在、(価格という点を除けば)ほぼ完璧といえる、「超」のつくジャイロスコープが研究されています。それは超伝導や超流動といった量子効果を利用したジャイロスコープです。この種の装置は"SQUID(Superconducting QUantum Interference Device)"と呼ばれているもので、一般に目に見えないミクロな世界で起こっている量子効果を、目に見えるマクロな現象として示す点で、非常に特異な装置といえます。

 現在、超伝導が実用化されている例は、MRIといった磁気センサなどほんのわずかしかありません。超流動に限ってはほとんど皆無です。しかし、超伝導や超流動を使えば、ジャイロスコープを含め、さまざまなセンサの性能を、これまでの4−5桁は挙げられると考えられています。

 例えば、超流動を利用したSQUIDジャイロスコープは、地球の自転を計測できるばかりか、小さな地震による自転のわずかなズレも観測できるでしょう。さらに、物理学的にもっと大きな意味をもつことも観測できるようになるかもしれません。

 例えば、地球のように回転している球が、アインシュタインの相対性理論によって、どの程度の影響を受けているかということも観測できるようになるかもしれないというのです。

 フーコー振り子は、地球の自転と振り子の振動の相対性(ガリレイ・ニュートンの相対性原理に基づく)から生じてくるコリオリの力を、私たちの目に見える形で示してくれました。SQUIDは、その世界からさらに一歩飛び越えたところまで、私たちを連れていってくれるのかもしれません。



         
関連サイト

今回の記事に関連したサイトを紹介します。だいたい本文に登場した順番に並べています。

フーコー振り子、コリオリの力

About Foucault Pendulums(英語)
 フーコー振り子について。これだけ詳しくチュートリアルされればわからないはずはない?

Foucault Pendulum - Smithonian(英語)

Bad Coriolis(英語)
 おそらく古典力学で最も誤解しやすいコリオリの力について解説。

Ask the Expert - Scientific American(英語)
 サイエンティフィックアメリカン定番のコーナーからコリオリの力について。

機械式ジャイロ

ジャイロ効果 - 横浜科学センター

歳差 - インパク群馬パビリオン

How Gyroscopes Work - HowStuffWorks(英語)

ジャイロスコープ(英語)

振動式ジャイロ

振動式ジャイロとは? - シリコンセンシングシステム
 振動リングによるジャイロの仕組みなど。

圧電セラミクスジャイロ - 富山村田製作所

圧電セラミクス入門 - 長岡工業高等専門学校
 そもそもなぜ圧電効果が起こるのかという疑問から。

クオーツ腕時計の中はどんなしくみになっているのでしょうか? - スイス時計協会

●SQUID
 本文中ではほとんどSQUIDについて書くことができませんでした。気になる方はこちらをどうぞ。

量子液体・固体の研究と物質科学と技術への応用 - 産業技術総合開発機構
 これこそまさに超流動を利用したSQUIDのジャイロスコープ

超流動によるSQUID - バークレー(英語)

A Near-Perfect Gyroscope - スタンフォード(英語)
 こちらは超伝導を利用したSQUIDのジャイロスコープ
る_科学ニュース

もちろん他にもいろんな科学コラムがあります。
ぜひ、そちらもよんでください。
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