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ゲノム・ウォーズ



---今の子供たちが、化学の周期表を学ぶころには、おそらくヒトゲノムの配列図も周期表と同じくらい基本的なものとなっていると考えられますが、そう考えるとヒトゲノムの配列図が特許化されているというのはおかしなことといえるでしょう。---



この記事では
   「生命の書」をひもとく
   やはり「セレーラ社VSヒトゲノム計画」の構図が...
   なぜ、セレーラ社にそんな影響力が?
   ポストゲノムをめぐって
     という内容で構成しています。
 


「生命の書」をひもとく

 「ゲノムというのは、長い小説のようなものだ。そして、それは26種類のアルファベットではなく、4種類の文字によって書かれている。」
 これはホワイトヘッド・ゲノム研究センターの所長であるエリック・ランダーが言ったことです。

 バクテリアから植物、動物に至るまですべての生物は、それぞれのDNAに4種類の文字をもっています。そのためヒトが他の生物より複雑なことを説明する根拠として考えられてきたのが、生命活動を維持するための機能的な部品を規定している遺伝子を、ヒトが他の動物などと比べて多く持っているということでした。よってヒトの遺伝子の数は、およそ80,000から150,000くらいあるに違いないと考えられていました。

 しかし、米日欧政府機関の資金出資した国際ヒトゲノム計画とセレーラ社による今回の発表によって、それが大きく訂正されることになりました。ヒトの遺伝子数は考えられていたよりもはるかに少ない30,000程度で、他の生物と比べてあまりかわらないということがわかりました。例えば、ショウジョウバエが13,000、イモムシが18,000、雑草が26,000、そしてネズミは人間とほとんど変わらない数だったのです。

 ところで去年の6月にホワイトハウスで、セレーラ社とヒトゲノム計画が共同でヒトゲノム解読を完了したと発表しましたが、あのときの解読されたのはDNA情報であり、より重要な遺伝子部分が明らかになるまえの状態で、その情報そのものだけでは意味のない小さな断片にすぎませんでした。それからその情報をつなぎ合わせる作業が完了し、今回は遺伝子に関する研究報告がされたのです。

 そして今回の研究報告から、ヒトどうしでは99.9%が同じ遺伝子で、人種の違いというものは遺伝子によるものではないということがわかりました。つまり世界中から人種や民族に関係なくランダムに二人を選択してそのゲノム配列を比べてみると、1000個のうちたった1個しか違わないという結果になるわけです。また、地球上に同じ種のなかで、ヒトほど遺伝子が似ている種は他に存在しないこと考えられています。

 すると、当然のことながら、ヒトと他の生物、そしてヒトどうしの違いはどこから生じているのかという疑問が湧いてくるでしょう。

 その答えは、ヒトというのが植物や他の動物と違って、遺伝子がいろいろなタンパク質をつくることができるからだと考えられています。例えば、ヒトの遺伝子はだいたい平均して三つの異なったタンパク質をつくることができるのに対し、ショウジョウバエのような無脊椎動物には、そのように一つの遺伝子を多目的に使う能力はありません。つまりヒトの複雑さを説明するのは、遺伝子の構造や数による特徴ではなくて、その遺伝子がさまざまなタンパク質をつくることができることだといえます。そしてヒトは他の種と違った複雑な特徴をもつようになっていくというわけです。

 また、遺伝子の数が少なかったということも驚きなのですが、ヒトは他の生物と比べてジャンクDNAが非常に多いということも大きな反響を呼びました。ジャンクDNAとは、例えば同じ配列などの繰り返しなどで代表される、直接何の機能ももたないもののことです。その数は私たちのゲノム全体の50%以上にも及び、イモムシが7%、ショウジョウバエが3%ということを考えると、いかにその数が多いかということがわかります。しかし、今は何の機能も持っていませんが、このジャンクDNAはヒトが進化してきた歴史を記しているものだと考えられています。

 実際、ヒトゲノム計画を率いたフランシス・コリンズは今回の結果について次のようなことを述べています。「今回が私たちにとって生命の書をひもとく最初の出来事となるだろう。また、そこには、三つの書がある。一つ目は、私たちがどこからやってきたのかを教えてくれる歴史の書である。二つ目は、私たちがどのようにつくられているかというリストを載せた書である。そして三つ目は、さまざまな病気がどのようにして生じるのかということの手がかりを与えてくれる、医学の書である。」

 コリンズの言うとおり、今回の大業績が今後の科学の発展に大きく貢献することは間違えないでしょう。

 しかし今回のことで、すべての科学者がこの大業績をそのまま喜んで受け入れている
わけでないというのも事実です。少し視点を変えてみましょう。



やはり「セレ−ラ社VSヒトゲノム計画」の構図が...

 ヒトゲノム計画と、私企業であるセレ−ラ社の今回の研究報告はそれぞれ別々に行われました。ヒトゲノム計画はNature、セレ−ラ社はScienceでそれぞれの研究報告をしたのです。

 しかし、昨年の6月に両者がヒトゲノム解読完了を共同発表したことを考えると、今回の別々の研究報告はあまり気持ちのいいものとはいえません。

 両者とも、ヒトゲノム情報は全人類のものという趣旨に基づいて、それぞれのオンライン上でデータベースを自由にアクセスできるように公開するという形をとっています。

 しかし、実際にセレ−ラのデータベースが公開されているオンライン版のScienceを見てみると、とても自由にアクセスできるという気にはなれません。というのは、そのデータベースにアクセスできるのは、利益目的を除く場合に限られており、しかも、学術的な研究目的でも一週間にダウンロードが可能なデータ量というのが限られており、もしすべてのデータが必要なら、その利用が利益目的でないということを示すメールを送る必要があるのです。また、データの再配布も禁じられています。

 自社のデータベースの利用を利益目的を除いて許可するということは、セレ−ラが私企業であり自社の利益目的のためだということを考えると、確かに自然なことなのかもしれません。しかし政府出資のヒトゲノム計画のデータベースは、オンライン版のNatureに無条件で(もちろん、セレ−ラ社に対しても)公開されていることを考えるとおかしなことです。

 つまり、ヒトゲノム計画での成果がそのままセレ−ラ社のものにもなってしまい、あげくの果てには特許化にまでつながっていくことになるわけです。実際、セレ−ラ社は、ヒトゲノム計画によって公開されたデータを自社のデータのチェックに使ったといわれています。

 また、学術的な研究というのは、なにも大学や研究機関のみで独立して行われているわけではなく、とうぜん企業も深く関わってきます。そのことを考えると、利益目的のデータ利用を禁ずるという名目で、学術的な研究を阻害してしまうという結果も十分に考えられることともいえます。

 今回のこのようなセレ−ラ社の態度に反感を持っていたために、ヒトゲノム計画側が自分たちのデータの公開をわざわざ別の紙面で行ったとも考えられるでしょう。

 もっとも、当のScienceでは、「このように私企業と政府機関の争いとして捉えることは不当で、お互いのプロジェクトがそれぞれ貢献しあっている」と書かれていますが、そのまま受け取っていいほど状況は単純ではありません。しかも、セレ−ラ社とヒトゲノム計画との溝は今回に限ったことではありません。セレーラ社の会長ベンターは、かつてコリンズと同じNational Institute of Healthの研究部門の責任者だったのですが、1991年にベンターのDNAの配列に特許を申請するという行為により、二人の間には溝が生まれてしまっていたのです。そこから、二人は別々の道を歩み、今では、一方は私企業のセレ-ラ社の会長として、もう一方は国際ヒトゲノム計画の責任者として、それぞれ別のゲノムプロジェクトを率いているという長いドラマがあるのです。


なぜ、セレ−ラ社にそんなに影響力が?
 
 なお、各国の政府機関が3億ドルの費用をつぎ込んだともいわれる(30億ドルといわれることもあるが、これは1990年から2005年の15年間の計画のことを指しているのでしょう)ヒトゲノム計画に対して、なぜ一私企業であるセレ−ラがここまで影響力をもっているかということに対して触れておきましょう。

 まず、その最大の理由として、セレ−ラ社のゲノム解読方法が挙げられるでしょう。
 ヒトゲノム計画は「階層的ショットガン法(他にもいくつか呼び方があります)」という解読方法を採用しています。例えば新聞にたとえると、一枚一枚の新聞をある程度の大きい区切りで切り刻んで、それぞれを解析して、再びもとの形にするというようなイメージといえます。
 
 逆にセレ−ラ社の「全ショットガン法」と言う方法を採用しており、それは新聞1日分を丸ごと切り刻んで、それを解析し、再びもとの形にするという方法です。一見すると、セレ−ラのやり方は能率が悪そうに見えますが、実はこの発想の転換こそがセレ−ラの解析速度を速めた理由なのです。

 また、セレ−ラはApplied Biosystemsによって制作されたDNA配列情報自動解析装置を300台ほど導入し、万全な設備の中でプロジェクトを進行していったということが別の理由に考えられるでしょう。

 このようなセレ−ラの解析はヒトゲノム計画側の者と比べると質が落ちるといわれますが、それでも、それを十分補うことのできる解析速度があるといえます。たとえば、今回のヒトゲノムの配列解析の熱がさめやらない2月12日には、ネズミのゲノム配列の解析もほとんど終了したと宣言しました。2000年の4月からはじめたネズミの遺伝子配列の解析がヒトゲノムの解析と同時に進行しながら、それとほぼ同時に終了したことを考えると、いかに解析が速いかということがうかがえるでしょう。しかも、精度を上げるために5つのコピーを繰り返して解析したのというのですから、解析の速さはそうとうのものでしょう。

 今やゲノム解読はそのスピードが重視されると考える風潮が強くなり、その点からはセレーラ社の方がヒトゲノム計画より優位にたっているといわざるを得ません。実際、セレ−ラの会長ベンターの言葉にそれが表れていて、例えばヒトゲノム計画のやり方を金の無駄遣いだとか、自分たちの目的は学問的なゲーム遊びをすることではないといっています。


ポスト・ゲノムをめぐって

 先ほどの、コリンズの「生命の書」にもありましたが、ポスト・ゲノムの一つと考えられているバイオ・インフォマテクスの市場だけで、年に10億ドルをしのぐことになるだろうといわれています。アナリストによると、いまや製薬に基礎を置くバイテクの企業はだいたい30億ドルを研究開発に当てているといわれています。例えば、ヒューマン・ジェノミクス・サイエンス社や、ミレ二アム社、カーラゲン社といったゲノムに基礎とする製薬会社が挙げられます。また、アフィメトリクス社、セレーラ社、ジーン・ロジック社やインサイト社といった企業はソフトウェアやハードウェアに多く投資しています。また、その基盤を支えるコンピュータ技術にモトローラやIBMといった会社が重視し始めるようになってきました。

 確かに、セレ−ラの参入によって、ヒトゲノム計画も刺激され、かなり進行がはやまったといえるでしょう。しかし、今のセレ−ラ社の行動を見ていると、その勢いにものを言わせ、他の企業の参入を特許化などによって阻害しているようにみえないこともありません。セレ−ラ社のビジネスはこれで安泰なのですが、とうぜん他の企業は、その特許料の分だけ食品や医薬品の研究開発にコストがかかることになり、必然的に価格は上昇することになるでしょう。

 今の子供たちが、化学の周期表を学ぶころには、おそらくヒトゲノムの配列図も同じくらい基本的なものとなっていると考えられますが、そう考えるとヒトゲノム配列の方は特許化されているというのはおかしなことといえるでしょう。

 



関連サイト

Celera Genetics(英語)
  なんと言っても今いちばんホットの企業といったらこのセレ−ラ・ジェネティックス社。ヒトゲノム計画を前倒しにしたのもこの会社。いろいろと制限がつきますが、データベースにアクセスすることができます。

genome gateway - Nature(英語)
  ヒトゲノム計画と提携してNatureが提供するページ。DNAは人類すべてのものという趣旨に基づいて、このコーナーだけは、Natureの読者や会員でなくてもすべてアクセスできます。遺伝子でもっともホットなサイトの一つ。


Science 291(16 February 2001)(英語)
  2001年の2月にCelera社がヒトゲノムの配列を調べ終わったときにScienceに発表したもの。非会員も、この記事に関してはアクセスできます。

Whitehead Center for Genome Research
(英語)
  ヒトとマウスのゲノムについての研究をしている非営利団体。

Human Genome Project Working Draft(英語)
  公共機関が協力して行っている国際ヒトゲノム計画の結果報告のページ。ここでは、ヒトゲノムのマップが鳥瞰図形式で眺めることができます。人の遺伝子ツアー。

なお、本文に登場したフランシス・コリンズとクレイグ・ベンターについてはここに詳しくかかれています。
Francis Collins: An Adroit Director of an Unwieldy Team - NYTimes(英語)
Craig Venter: A Maverick Making Waves - NYTimes(英語)
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