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量子テレポーテーションと不落の量子暗号 |
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---「量子テレポーテーション」と呼ばれる非日常的な現象を利用すると、何キロも離れた場所に粒子を「テレポーテーション」させることができます。これによって決して破られることのない量子暗号が可能になるのですが、理論的にも技術的にも多くの課題を抱えていました。しかし、最近ではこの量子テレポーテーションがあちこちの研究所で実証されて、量子暗号の実現がますます近づいています。--- |
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この記事では ・「プリティー・グッド」はどのくらいグッド? ・量子テレポーテーションはファックスと似ている・似ていない ・運命づけられた二枚のコインの表裏と「量子の絡み合い」 ・「大原則」に反せず情報を送る ・不落の量子暗号 ・より遠くへ、より複雑へ という内容で構成しています。 |
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「プリティー・グッド(pretty good)」はどのくらいグッド? 現在の最もスタンダードな暗号に、PGP(プリティー・グッド・プライバシー;Pretty Good Privacy)というものがあります。基本的に最も安全な暗号だといわれ、伝えたいデータを数学的な処理をすることによって、判読が不可能な文章に書き換えます。 仮にこの暗号を力ずくで解読しようとすると、現在のコンピュータの性能では、数年どころか何十年とかかるといわれているほどです。これなら事実上、暗号解読が不可能だといってよいのでしょう。こうして、この暗号は誕生してから10年ほどの間、何とかその安全性を保ってきました。 ただ、いくら安全な暗号でも、今と同じようにこれからも安全だといえるのでしょうか。暗号とその解読の歴史を眺めてみると、むしろ、暗号が破られるかどうかという議論はあまり意味のあるもののようには思えません。 それに、暗号が破られるかどうかという以前に、もっと単純に、あらかじめ用意された暗号解読の手段、つまり「鍵」を盗んでしまえば、力ずくで暗号を解読する必要もありません。 このPGPは「秘密鍵」と「公開鍵」という、少し毛色の違った「鍵」を採用しているのですが、やはり暗号の宿命として、「鍵」の保管の安全性という根本的な問題を抱えています。(PGPの説明は下で紹介している関連サイトを参考に) そのときどきの暗号を取り巻く事情こそ異なりますが、古代ギリシャ・ローマのころに使われていた「シーザー暗号」などと比べても、最新の暗号であるPGPも根本的なところはあまり変わらずにいるのです。そんな暗号の歴史を振り返ると、絶望的なほど、その過酷な運命を思い知らされますが、それを根本から断ち切ってくれると期待されているものがあります。 それは「量子暗号」です。外部の人間が、解読することも、その鍵を盗むことも「できない」と呼ばれる暗号です。「できない」という言葉には、これまでの暗号に使われていたときとは違った重みがあるのです。 そこにどういった重みの違いがあるのか、それを中心に今回は探ってみることにしましょう。 量子テレポーテーションはファックスと似ている・似ていない 量子暗号を可能にする重要な要素に「量子テレポーテーション」というものがあります。「テレポーテーション」という言葉には、多くの人にとって、すでにさまざまな先入観があるでしょう。しかし、それとは違うものだということを覚悟しておいたほうが良いかもしれません。 テレポーテーションと言えば、スタートレックのように、人間を分子に分解して、その分子を移動させて別の場所でその分子を人間に組み立てるというものを思い浮かべるかもしれません。しかし、それと量子テレポーテーションは違うのです。 量子テレポーテーションは、粒子そのものを移動させるのではなく、粒子のスピンといった量子的な情報だけを別の場所に移すのです。例えば、Aという場所に存在している粒子の量子的な情報を、別の場所Bに存在している粒子に移動させるのです。 私たちの世界にも、これに似た仕組みのものが、まったくないわけではありません。ファックスなどがその例です。ファックスは、文章の書かれた用紙をそのまま送るのではなく、その情報だけを送り、別の場所の白紙に書き出して同じものを再現します。 確かにイメージ的には、量子テレポーテーションとファックスは似ているのですが、厳密にはいくつか異なる点があります。 そのなかでも最大の違いは、量子テレポーテーションの場合、送信者(量子暗号業界では、送信者をアリスとするのが普通)が受信者(受信者はボブとされている)にデータを送ると、アリスの手元にはもとのデータは残らないということです。厳密には残すことができないと言うべきでしょう。アリスの手元にも送信したデータが残るファックスとは大きく異なります。 もっとも、その結果だけを見ると、「それだけの違いがどうした」という程度かもしれませんが、こうなる背景には、「量子の絡み合い(もつれ、エンタングルメント)」という重要な性質が潜んでいるのです。 「量子の絡み合い」はアインシュタインも“spooky”と形容したほど不思議な現象で,実体験からもっとも離れた量子力学特有の性質と言えるでしょう。量子テレポーテーションでは,これを積極的に使って,一種の情報通信を行っているのです。 またこの性質こそが量子暗号のセキュリティの高さの理由でもあるのです。それでは、少しずつ話を量子の方に移していきましょう。 運命づけられた二枚のコインの表裏と「量子の絡み合い」 量子の世界では、別々の2つの粒子の性質がお互いに依存しあっています。量子力学では、これら2つの粒子は途中で観測を受けたりしない限り、いつまでも1つの波動関数で表すことができます。2つで1つの関数だとすれば、一方の粒子の性質が決まった時点で、もう一方の性質も決まることになります。 例えば光子の場合、偏光(電磁波の振動の向き)について、常にどちらか一方が、それぞれ「垂直」、「水平」のどちらかになっています。どちらが「垂直」か「水平」かは分かりませんが、一方が「垂直」だとすれば、必ず一方は「水平」になっているのです。電子の場合なら、電子に固有の角運動量であるスピンが"+"と"−"の関係にあるということになります。 古典力学の世界ならば、2つの粒子の性質は、同時に投げた二枚のコインの表裏のように独立しているはずです。つまり、一枚のコインが表だとしても、もう一枚のコインは表でも裏でもよいはずです。ところが量子の世界では、一枚が表なら、もう一枚は必ず裏になるという運命にあるわけです。 この「量子の絡み合い」を利用して情報を送るのです。 「大原則」に反せず情報を送る ところで、「量子の絡み合い」という、運命に縛られた2つ一組の粒子が存在しているとしても、この量子テレポーテーションの考え方は、量子力学の大原則に反しているように思えます。 というのも、量子力学には、有名な原理に「ハイゼンベルグの不確定性原理」というものがあります。粒子の運動量とその粒子の位置を同時に知ることはできないという大原則です。つまり量子的な情報を一度にすべて知ることはできないというのです。逆に無理に知ろうとすると、量子的な情報が失われてしまいます。 このように量子の情報をすべて知ることが出来ないのに、その情報を他の粒子に移すことなど出来るのでしょうか?その原理からは、無理に2つの粒子を量子的に絡み合わせると、2つの粒子の持つ情報が失われてしまうはずです。 この大原則に反せずに、量子テレポーテーションを可能にするには、パズルのように巧妙な方法を利用します。
1. まず送信者のアリスは、受信者のボブにあらかじめ、「量子の絡み合い」の状態の粒子のペアBとCを渡しておきます。そのためBとCの量子的な情報は反対の状態にあります。(図では上下の関係で表してある) 2. 次にアリスが送信したい情報の粒子Aに対して、新たに粒子Bを絡み合いの状態にします。 3. これによって、BはAの量子的に対称な情報をもつことになります。ただしこの操作によって、AとBの2つの粒子のペアは、不確定性原理のとおりに量子的な情報は失われてしまいますが、その際に、Bとはじめに絡み合っていたCには、Bと反対の情報、つまりAの情報が移されるというわけです。 2つの粒子だけではテレポーテーションが不可能だったところを、このように量子的な情報の「運び屋」としてBを利用することが非常に重要になってくるのです。 こうして、アリスの手元にあった粒子Aの情報は、ボブの手元の粒子Cに「量子テレポーテーション」させられるというわけです。 また、これがアリスの手元の情報が残せないと言われる理由です。A、B、Cの粒子は物理的にどれだけ離れあっていても、絡み合った瞬間に情報が送られるため、見た目上は光速を超えていても、光速を超えれないというアインシュタインの法則にも反してはいないのです。 不落の量子暗号 このように量子テレポーテーションは、絡み合いによって粒子どうしが情報を繊細にやり取りすることによって可能になります。 ここで、外部の人間(イブ)が、途中で無理やり情報を盗もうとしたらどういうことになるでしょうか? まず、アリスとボブのやりとりしている粒子に、イブが自分の粒子を絡み合わせることは非常に困難です。仮にイブが2人のやりとりに入り込めたとしても、無理やり入ったために、アリスの送ろうとしていた情報を消してしまう結果になります。こうして、アリスとボブに自分の存在を知らせてしまうことになるのです。 このように外部の人間に情報が渡ると(もしくは渡りそうになると)、自ら消えてしまうという性質によって、量子暗号の安全性は疑いようのないものなのです。 より遠くへ、より複雑へ こうした仕組みのもと、これまで量子暗号の研究開発は行われてきました。すでに5年程前には、レーザーを使って光子を数メートル先に「テレポーテーション」させるのに成功しました。また、2000年には、実際にこの量子テレポーテーションで画像データを送るのに成功しています。 長距離な量子テレポーテーションを可能にするには、繊細で壊れやすい量子の絡み合いにノイズが入らないように工夫する必要があるのですが、実際のところ、光ファイバーを利用して10キロメートル先にまで「テレポーテーション」させるのにも成功しています。しかも、この光ファイバーU関しては、既存のものを利用することができたということで、量子暗号の実現がかなり間近にあることを示しています。 なお、より複雑な情報を送るためには、1ペアの量子の絡み合いをつくるだけでなく、複数の絡み合いをつくる必要があります。ただ、これまでに絡み合わせることのできた粒子の数はたった4つだけでした。 ところが最近、これまでのように光子を使うのではなく、セシウム原子を利用することで、なんと一度におよそ1兆個の原子を絡み合わせることに成功したのです。一兆個というと、もはや粒子といった「微視的」なものではなく、気体という「巨視的」なものと見なすべきでしょう。初めて巨視的なものを量子テレポーテーションさせることに成功したのです。しかも、約0.5ミリ秒という、量子の世界では宇宙の寿命にも匹敵するほどの長い時間、この絡み合いの状態を保つことができたのです。 いったいどういう仕掛けで、これほどの偉業を成し遂げたのでしょう? 今回のテレポーテーションを可能にしたデンマークの研究チームは、数ミリ離れた2つの容器にセシウム原子を入れ、レーザーを両方の容器に通しました。 こうして一方の容器の気体にレーザーを当て、わずかにスピンを変化させたところ、もう一方の容器の気体のスピンも反対側に同じ量だけ変化したのです。これは、二つの別々の容器にある気体が絡み合っていることに他なりません。 実際には、この容器にはいったすべての原子が絡み合っているわけではないのですが、この「ゆるい」絡み合いのおかげで、これほど多くの粒子が一度に長い時間その状態でいることができたのだと考えられています。 もちろん、量子暗号に使うには、量子テレポーテーションできる距離をさらに伸ばしたり、気体ではなく固体を「テレポーテーション」させたりと、まだまだ課題はいくつもあります。しかし、今回の発見により、量子暗号の実現が近づいたばかりか、もっと複雑な操作を必要とする量子コンピュータへの道も切り開けてきたといえるでしょう。 |
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関連コラム 以前の「気になる科学ニュース調査」から、今回の内容に関連のあるものを紹介します。 ・「比喩表現が連発する量子コンピュータ」 今回の「量子の絡み合い」の他、量子のもう1つの重要な性質である、「量子の重なり合い(superposition)の視点から、量子コンピュータについて書いたもの。 関連サイト ●量子暗号の研究をしている研究機関をいくつかあげてみました。 ・Quantum Teleportation - IBM Research(英語) 量子テレポーテーションの原理的なことについて。このページの図を参考にして、文中に紹介した図を工夫してつくったつもりですが、あの図が分かりにくかった人は一度このページの図を見てみると分かるかも・・・。 ・Quantum Computation/Cryptography - ロス・アラモス(英語) いかにも量子暗号の研究をやっていそうな(?)ロス・アラモスのホームページから。 ・Quantum Teleportation - カルフォルニア工科大(英語) ・古沢 明 研究室紹介 東京大学工学部物理工学科 ●読みやすそうな関連ニュースなどを探してみました。 ・テレポーテーションと量子コンピューター - WiredNews日本語版 ・テレポーテーションの実用化に向けた実験に成功 - WiredNews日本語版 ・Quantum theory: weird and wonderful - Physics Web(英語) 量子的な性質について。本文では触れなかったEPRパラドックスなどについて。 ・Entanglement leaps to larger scales - PhysicsWeb(英語) 1兆個のセシウム原子を使って、初めて巨視的なものを「量子の絡み合い」の状態にした実験についてのニュース。 ・Top secret - nature science update(英語) 画像データを量子テレポーテーションではじめて送信したときのニュース。 ●PGPについて ・【特集】S/MIMEでセキュアな電子メール環境をつくる!- @IT ・PGP Pretty Good Privacy - @IT セキュリティ用語
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