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「へそ曲がり」レンズとマイナスの屈折率



---レンズのおもな役割といえば、歴史的に見ても長い間、ぼやけたものをハッキリ見せたり、小さなものを大きく見せたり、光を集めたりといったものでした。しかし、実は1968年に、ロシアの科学者が、レンズにはもっと別の役割があるのだということを予言していたのです。それは、光をあり得ない方向へと曲げてしまうということでした。 ---
 簡単に読みたい方はこちらの方をおすすめします。



この記事では
   レンズのもう一つの役割
   マイナスの屈折率
   光とマイクロウェーブ
   へそ曲がり - マイクロウェーブ
   へそ曲がり - 光
   パーフェクトレンズ
     という内容で構成しています。
 

レンズのもう一つの役割

 レンズのおもな役割といえば、歴史的に見ても長い間、ぼやけたものをハッキリ見せたり、小さなものを大きく見せたり、光を集めたりといったものでした。しかし、実は1968年に、ロシアの科学者が、レンズにはもっと別の役割があるのだということを予言していたのです。それは、光をあり得ない方向へと曲げてしまうということでした。

 それから長い月日がたちました。ところが最近になって、それを可能にする物質をつくることに成功したという報告が科学誌サイエンスを飾りました。


 そもそも光が折れ曲がることは、私たちも日常的に見ていますよね。例えば、ジュースのグラスの中に入っているストローが、ジュースと空気の面で折れ曲がっていますよね。このように、光がある物質から別の物資へ入射するとき折れ曲がります。屈折という現象ですね。この実験なら小学校のときに誰でもやったことがあるでしょう。しかし、今回の話は、小学校の実験では誰も見たことのないような屈折についての話なのです。



 ガラスなり水なりで屈折の程度がそれぞれ異なるわけですが、これは屈折率というもので表すことができます。この屈折率というのは真空を1として、水やガラス、ダイヤモンドと光学的な密度の大きいものにいくほど、大きな数字となっていきます。このような場合、光が折れ曲がる方向は、入射してきた方向と同じです。この現象はスネルの法則というものによって説明されます。

 ところが、今回発表された物質はこの屈折率がマイナスになるというのです。まさに、「へそ曲がり」の物質といえます。

 ところでマイナスと言われても、いまいちその迫力が伝わってきませんが、いったいこれはどういうことでしょうか?屈折率がマイナスだとどのような屈折になるというのでしょう。また、屈折率がマイナスになっても、今までの物理の法則は成り立つのでしょうか?


屈折率を決めるもの

 これらを考えるには、まずさっと物質の屈折率がどのように決められているのかということを見てみる必要があります。

 屈折率は実際に光を通して、角度を求めれば出てくるのですが、ここでは別のアプローチから、屈折率がどのように求まるのかことを見てみましょう。

 そもそも光が何かということになるのですが、光を電磁気的な波だと考えると、その伝達はマクスウェルの方程式というもので説明することができます。この方程式には光が通った物質をあらわすパラメータが含まれていて、この式を解くと光の速さが求まります。(光の速度は一定だということをどこかで聞いたことがあるかもしれませんが、あれは真空中の話で、水やガラスの中では速度が遅くなります。)

 少々専門用語が出てきてしまうのですが、それらは誘電率と透磁率とよばれています。誘電率はεという記号で表され、特定の物質がどれだけ電場に影響されるかということをあらわしています。透磁率とはμという記号で表され、磁場がどれだけ特定の物質を通り抜けることができるかということをあらしています。
この二つがc=1/sqrt(εμ)という式であらわされたとき、このcがそれぞれの物質のなかでの光の速度を表しています。

 このようにして、それぞれの物質に固有なεやμの値によって光の速度が変わるわけです。もっとも、真空中を光が通り抜けるのなら、みなさんがご存知のように、光の速度は秒速300000キロメートルになります。

 そして屈折率nは、真空中の誘電率と透磁率をε。、μ。として、それぞれc=1/sqrt(εμ/ε。μ。)として表されます。

 このようにして電磁場の観点からは、屈折率が決まっています。


マイナスの屈折率

 問題のマイナスの屈折率についてですが、先ほど出てきたロシアの物理学者は、屈折率がマイナスになっても、今までの物理法則が間違っているわけではないということを示しています。つまり、今まで私たちがこの現象を見たことがなかっただけで、既存の物理法則を逸脱する現象ではなかったわけです。

 さて、では屈折率がマイナスになるというのは、電磁気の観点からはどのようにして説明できるのでしょうか。先ほど示したように、誘電率も透磁率も、物質が電磁場にどれだけ影響を受けるかということを表しています。だとすると、直感的にも、これがマイナスになるということは、磁場や電場を排除するということが分かりますよね。


 その例を挙げてみましょう。例えば、質のよい電気線は電場がそれを通り抜けないようになっています。こういう物質はマイナスの誘電率を持っているわけです。また、ある種のリング状の電気線は磁場がそれを通り抜けないようになっています。こちらの物質はマイナスの透磁率をもっているのです。

 そして、今回の新物質は両方ともマイナスなのです。


光とマイクロウェーブ

 ところで、この新物質のように電場や磁場を通さないようにするためには、ある条件があります。それは、そのその物質の構造が電場や磁場の波長より小さい必要があります。

 ところが、これが大きな技術的な問題になってくるわけです。


 サイエンスで発表された新物質がヘソを曲げているのは、マイクロウェーブ(電子レンジなどで使われている電磁波)に対してだけで、一般的な光の場合ではあてはまりません。光を通す物質が作れなかった理由は、光とマイクロウェーブの関係にありました。

 光とマイクロウェーブの関係についてですが、それぞれ波長の長さが違いますが、同様にして波と考えることができます。マイクロウェーブは波長がセンチ単位なのですが、光の波長はそれよりはるかに小さい(400-700nm)程度です。なんとセンチに比べてナノは一千万分の一の世界です。

 そういうわけで、マイクロウェーブの波長より小さい物質を作ることはできても、光の波長より小さい物質を作るとなるとなかなか難しいわけです。今回Scienceで報告した科学者も、光に対してこのような物質を作るのは難しく、マイクロウェーブの場合の構造をそのまま光に適用することは無理だろうと論文の中で述べています。しかし、他の科学者は、難しいということを認めながらも、光の場合でも、このマイナスの屈折率の物質をつくることは可能だと考えています。


へそ曲がり - マイクロウェーブ

 さて、やっと難しい説明が終わり、ようやく、このへそ曲がりな物質の具体的な可能性についてみていきましょう。まずはマイクロウェーブの方を見てみましょう。一般的にいって、マイクロウェーブのマイナスの屈折率より、光の方が面白いと言われていますが、このマイクロウェーブの方にも面白い応用例があるんですよ。

 例えば、この性質を利用すれば、今まででは考えられなかったようなアンテナや通信機器が作れると考えられています。

 この応用が、どれほどこれが期待されているかというのは、今回の報告が、通信産業やはては軍の注目を集めるものとなったほどだということを考えれば十分理解できるでしょう。今回Scienceに発表された新物質にも、すでにいろいろと特許が組み込まれているのです。

 ちなみに今回サイエンスで紹介された新物質は、なにか特殊な材料からできているわけではなく、ガラスと銅から合成されてできています。(写真は下のURL
http://news.bbc.co.uk/olmedia/1260000/images/_1264162_snell300.jpg )


へそ曲がり - 光

 では、光の場合についてみてみましょう。

 光の屈折率がマイナスになるということはどういうことでしょうか。その様子を示す図をこちらに用意しました。まさに、ヘソを曲げて、普通の屈折とは反対向きに折れ曲がっていますよね。(図1)

       
                           図1

 このような屈折のしかたを小学校の実験で見たことがあるような気がする人は、きっと何かの間違いです。押入れにしまってある教科書の写真を見てみてください(^_^;)。

 この性質を利用すれば、普通のガラスなら丸い収束レンズにしないと光が一点に集まらないところを、この新物質なら平らな形で光を一点に集めることができます。 このあたりはカメラ好きにとっては驚異的なことだと思います。しかも、普通のレンズでは、光が平行に入る必要があるのに、このへそ曲がり物質は、一点の光源が再び面の反対側で像を結びます。(図2)

          
                          図2

 
 こんなわけで、この物質には今までにないようなさまざまな応用が考えられます。例えば、ガラスの後ろに手を入れたのに観客からは手が見えないといった正真正銘のマジックも可能です。まさにタネも仕掛けもありません。ファンタジックな話ですが、色の順番が逆である虹を見ることもできるかもしれません。

 またハイテクな感じの話なら、普通のレンズなら2Dの映像しか写せないのに対し、この物質を使えば3D映像のプロジェクターだって作ることができるかもしれません。


 今のところは技術的に難しいのですが、このように光での応用は、マイクロウェーブの場合より、はるかに楽しそうで夢があります。


パーフェクトレンズ

 しかし、この程度で驚いてはいけません。なんといっても最も面白い応用例といえば、「パーフェクトレンズ」に違いありません。それではパーフェクトレンズとはなんでしょうか。

 今までのレンズがパーフェクトでないのは、光がレンズの境界面に進入するときに、光に含まれている情報が失われてしまうからです。

 このロスのために、従来のレンズがぶちあたる限界とは、例えば、光の波長より小さい物に焦点を合わすことができないといったことでした。そのため、光の波長より小さい分子や原子の構造を、光学望遠鏡で見ることができないわけです。普通の顕微鏡はどこまでも小さなものが見れるわけではなく、このような限界があるのです。

 また、CDなどのように光で溝を彫ったりする光学的処理をする場合でも、波長より小さく彫るのは難しいわけです。もし、波長より小さく細工ができるようになれば、より高密度に情報を蓄えることができます。

 このように、従来のレンズは、さまざまな限界にぶちあたっていました。


 ところが、パーフェクトレンズというのは名前のとおり、光に含まれる情報を失わず、すべて伝えることができると考えられています。つまり、先ほどのような限界がないということなので、理論上はどれほど小さなものにでも焦点を合わすことができるわけです。

 ひょっとすると原子レベルの世界を見るとき、今までのモノクロだった電子顕微鏡の世界にサヨナラし、カラフルな光学顕微鏡の世界を見ることができるようにかもしれません。


 もちろん、ここに挙げたもの以外のほかにも、今までの常識を破るもっとすごいものができる可能性も十分考えられます。先ほど述べたように、マイクロウェーブから光へと適用するのは難しいのですが、それが可能になると、このへそ曲がりのレンズ越しに見える未来というものは、私たちが想像できないほど多様なものだということは間違えないでしょう。





関連コラム
 今回のコラムは今までのコラムといろいろ接点があって面白いです。以前書いたものをいくつか紹介しておきましょう。一度よんだものでも、今まで気づかなかったものが見えてくるかもしれません...。

そして光は止まった...
 そもそも光が何で屈折するのかというのは、光の速度がそれぞれの物質の中で変化するからです。ところがこのコラムでは、変化するどころか、光が止まってしまいました。

ナノテクノロジー序章 小さな世界の大きな情報スペース
 現在の光学的処理が中心となっているコンピュータ技術では、いずれ限界がやってくるということが書かれています。それは、今回のコラムでも書かれていることです。ただし、パーフェクトレンズが可能になれば、新しい世界が開けてくるかも....。



関連サイト

物理法則を無視?!「へそ曲がり」の新物質 - CNN日本語版
 日本語のサイトで唯一見つけれた関連記事。ただ、物理法則に従わないという表現が連発されているのが少し気になるのですが....(- - ;

光の反射・屈折率 (日本語)
 屈折率について基本的なことが写真を交えて、やさしく説明してあります。いろいろな物質の屈折率など関連知識が多くかかれてあります。本分が分からなくなっても、このサイトを見てからもう一度読めば、わかるようになるかも...。

スネルの法則(日本語)
 具体的には触れなかったスネルの法則についてのページ。ちょっと興味のある人は、屈折率がマイナスだとスネルの法則ではどのようなことになるかを考えてみてはどうでしょうか。


- ここからは英語のページ -
本文に関係する専門的な科学論文のリンク集


科学誌サイエンス(英語)
 今回の発表はvol292p77からです。
"Experimental Verification of a Negative Index of Refraction"

"Electrodynamics of substances with simultaneously negative electrical and magnetic permeabilities"
 冒頭に出てきたロシア人の科学者の予言の内容が、詳しく書かれています。ただし計算があまりにもテクニカルなので、そうとう自身のある方でないと....。PDF形式のファイル。

"Negative Refraction Makes a Perfect Lens" - Physical Review Letters
Volume 85, Issue 18, pp. 3966-3969
パーフェクトレンズについての可能性などが書かれています。

"Theory of light propagation in strongly modulated photonic crystals: Refractionlike behavior in the vicinity of the photonic band gap" - Physical Review B
Volume 62, Issue 16, pp. 10696-10705 3Dのプロジェクターの可能性などについて書かれています。


もちろん他にもいろんな科学コラムがあります。
ぜひ、そちらもよんでください。
バックナンバー紹介を見てください。

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