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飛べないといわれた昆虫のロボット・ショック



---かつてマルハナバチは、航空技術者に理論上は飛べるはずないと言われていました。ところが比較的最近になって、なぜ昆虫があれほど機敏な動きが出来るのかという理由が分かってきました。実は飛行機とはずいぶん違った原理で飛んでいるのです。また、この原理を利用して、まったく新しいタイプの飛行ロボットをつくろうと考えられています。---



この記事では
  「理論上」飛べないはずだ
  
飛行機と昆虫の「とぶ」という動詞は同音異義語?
  渦使いの達人
  昆虫ロボットショック?
  軍事利用からエンターテイメントまで
     という内容で構成しています。
 


「理論上」飛べないはずだ

 「お前なんか航空力学上、飛ぶのは不可能なはずだ。」

 マルハナバチが飛んでいるのを目の前にしながら、かつて航空技術者はこう言っていました。確かに、このマルハナバチ、あの大きなお尻を持ちながら、それと比べると羽は極端に小さいのです。
(マルハナバチの写真↓)
http://www.britannica.com/eb/art?id=9932&type=A

 しかし、そんなふうに技術者に睨まれていることも知らずに、「理論上」飛べないはずのマルハナバチは、実際に飛び回っています。それどころか、航空技術者の長い間夢でありつづけたような、空中静止や空中アクロバット、とにかく「理論上」不可能な曲芸を次々とこなしていきました。

 しかも、このような大曲芸はマルハナバチに限らず、ほとんどすべての羽のある昆虫にも可能なことです。もちろん、先ほどからあなたの周りでブンブンいっているやつも、同じような曲芸が可能です。しかし、そんな曲芸師に対しての私たちの反応は・・・・・・・ピシャリッ。


 結局のところ、航空技術者は何か大事なものを見落としていたのです。しかし、それはいったい何だったのでしょうか?

 生物学者は、ハチをひっつかまえてきて、翼を動かす複雑な筋肉運動を調べました。生体力学の専門家は、ハチに首輪をつけて紐で結び、どの程度の力を出しているかということを調べました。他にも、ハチの写真をとってみたり、ストロボでハチの翼を観察してみたり・・・。とにかく、あっちこっちで、いろいろな科学者や技術者が必死になって、昆虫がどうして飛べるのかということを調べました。しかし、やはり「理論上」不可能なままでした。


 しかし、ついに、昆虫は飛行機や鳥とまったく違った原理で飛んでいるのだということが分かりました。また、この原理を利用した飛行ロボットをつくれば、技術者の長年の夢であった空中静止や空中アクロバット、逆さ着陸がいよいよ可能になるかもしれません。

 そこで今回は、かつては「理論上」飛ぶことはできないと言われた昆虫たちが、実際はどのような原理で飛んでいるのか、そしてこの昆虫たちの飛ぶ原理を真似することで飛行ロボットにもたらすことになる衝撃がどんなものなのかをのぞいてみることにしましょう。




飛行機と昆虫の「とぶ」という動詞は同音異義語?


 ところで、技術者のいう航空力学では、飛行機が飛ぶ仕組みは「ベルヌーイの定理」に則って考えられてきました。飛行機が飛んでいるときは、飛行機の翼の上部の気流は、下部の気流よりも速い速度で流れています。ベルヌーイの定理によると、流体の速度が速いところは、圧力が低く負圧となります。だから翼の下面に比べ上面が負圧となり、揚力によって翼が浮くというわけです。
(飛行機が飛ぶ原理のアニメーション)
http://www.mhi.co.jp/aero/knowf/know02.htm


 しかし、このような理論は、翼が固定されていている飛行機に当てはまるもので、忙しく羽根を動かしている昆虫たちには当てはまるはずがありません。

 また、飛行機と昆虫のサイズの違いも、飛ぶときの理屈を考える上で非常に重要になってきます。サイズと言っても、重さのことではなくて、純粋に大きさ、つまり体積のことを言っています。

 実は、サイズの違いによって、流体力学的な現象は、ずいぶん違ってくるのです。実は比較的最近になって、この違いこそがマルハナバチが飛ぶことを出来るようにしているということが分かってきました。

 もっとも、空気のなかを飛んでも、普段は空気の流れが見えませんので、あまり実感が湧かないかもしれません。それにサイズによって、流体の性質が違ってくるなんて想像しにくいかもしれませんが・・・。

 このように、飛行機や鳥のような大きなものと、昆虫のような小さなものを取り巻く流体の性質を分けるものに、レイノルズ数と言うものがあります。同じ粘度をもった空気のなかを飛ぶのなら、サイズが大きくなるほどこの値が大きくなり、サイズが小さい、とこのサイズも小さくなります。(レイノルズ数について詳しい説明は下のサイトを参考)

 そういうわけで、飛行機がほとんど粘性のない安定した流体のなかを飛んでいるのに対して、昆虫は渦の海のようなところを飛んでいるのです。この環境を利用して、はばたきによって上手に空気の渦を作り出しているのです。そして渦をうまくつかんで、昆虫たちは飛んだり、垂直上昇下降をしているのです。では、具体的にはどのようにして、渦をうまく扱っているのでしょうか?




渦使いの達人

 昆虫の羽をまねたロボットを用いて実験を行ったのは、UCバークレー(University of California at Berkeley)のマイケル・ディキンソンの研究チームで、1999年のことでした。この実験により、このチームは昆虫は三種類のお互いに関係しあった要素を利用して、重力に逆らう力を得ていることが分かりました。

 一つ目の力は"delayed stall"と呼ばれるもので、これは前々から分かっていました。この力は羽を上下にばたつかせているときに得られる力のことです。しかし、このチームは、今まで知られていなかった、羽の動きの向きをかえるときに生じる2つの力を発見したのです。その2つの力は「回転循環(rotational circulation)」と 「後流捕獲(wake capture)」 と呼ばれています。

 昆虫が羽をふって飛ぶ原理は、4つの段階に分けて考えるとよいでしょう。羽を振り上げたり振り下げたりする2つの段階(upstroke、downstroke)と、羽の動きの向きを反対へ回転させる2つ段階(pronation、supination)の合計4つの段階です。

 「失速おくれ(delayed stall)」の力は、昆虫の体をもちあげる力として主要なものとなっています。これは、昆虫が羽を高い角度から、水平な位置よりも下の角度へ振り下ろしたときに生じる力です。ところが、もし飛行機の翼がこのような急な角度になってしまったら、当然飛行機は揚力を失います。しかし、昆虫の場合は、このときに羽の上の部分の圧力を下げ渦をつくることで、これが上向きの力へとなります。

 また、羽の向きを変えるときに、バックスピンの空気の流れが生じ、これも昆虫をもちあげる力となります。このバックスピンの回転上昇は、例えばテニスボールやピンポン球のものと似ていますよね。これが"rotational circulation"の力です。

 そして、問題の羽を振り上げるときに上向きの力としてはたらくのが、"wake capture"による力なのです。今まで作っていた上向きの回転の渦のエネルギーをつかんで、上向きの力を得るのです。

 このように、昆虫は自分のサイズを生かした環境で、上手に渦を作ってそれを利用し、上向きの力を得ているのです。

(後半の2つの力は言葉の説明では分かりにくいでしょうから、図やムービーを下に紹介しておきます。参考にするとよいでしょう。)


 このように、翼の上下の空気の流れの速さの違いを利用した航空力学とはほとんど共通点を持っていないわけです。また、渦を利用するという発想は、作用反作用の第一法則からも思いつくことすら出来ません。

 そのため、それまでの航空力学では、昆虫は「理論上」飛べないということになるわけです。

 なお、言うまでもないことですが、昆虫は鳥よりもずいぶん早い時期から地球上に存在し、空を飛んでいました。しかし、平均して羽の大きさは2,3ミリ程度と、あとあと登場してくる鳥とはずいぶんサイズが違うことが分かるでしょう。そのため昆虫と鳥とでは、同じ飛ぶという動作をしていても、まったく違う進化をたどってきたと言えます。それどころか、それぞれの飛ぶという動詞を、それぞれ違うもので表現したいくらいです。

 このようなわけで、昆虫の飛び方を真似たロボットなら、これまでの鳥を模倣した飛行機と比べてまったく違った飛び方が出来るのではないかということが十分考えられるわけです。

 では、実際にはどのようなロボットが考えられているのでしょうか?いよいよ魅力的な昆虫ロボットたちを見ていきましょう。




昆虫ロボット・ショック?

 さて、少しばかりしつこいのですが、あくまで昆虫のような飛び方が有効になるのは、昆虫くらいのサイズのロボットの場合だということを忘れてはいけません。もはや言い古された話かもしれませんが、巨大なガ(?)であるモスラは、まさに理論上、飛べるはずはありません。したがって、昆虫型ロボットをつくるときは、ただは羽のつくりを真似するだけではなくて、当然サイズにも注目しなくてはいけません。

 先ほどのバークレー大の研究チームのつくっている昆虫型ロボットは、2004年くらいに、実際に利用されるようになると考えられています。このロボットのサイズは、最終的には普通のハエくらいにすることが目的とされています。

 なお羽を動かす筋肉ですが、これは鳥のように、直接羽にくっついた筋肉が上下運動をさせるのではなく、胸部の筋肉が収縮したりすることで、ちょうつがいのような羽を引っ張って上下運動を行います。そのため、複雑な関節やネジを使ったりする必要がなく、非常に簡単な仕組みで動くようする予定です。もっとも、ハエ程度の大きさのロボットをつくる場合、普通のロボットと同じように滑車やギアやピストンと言った部品が使えないことはいうまでもありませんが。

 そこで、胸部の筋肉には、電圧がかかると変形性質をもったセラミック物質を使い、人工筋肉としています。ただ、実際に空中に浮くためには、この人工筋肉によってハネを毎秒150回動かさなくてはならないと考えらており、実現にはまだ時間がかかりそうです。

 ほかにも電源の問題が出てきます。そのような運動を可能にする電源を、どのように供給できるかということが重要になってくるのです。太陽電池が候補になっていますが、小さいサイズをいかして日の当たらないような穴の中へも飛ばすという利用法のことも考慮すると、他の電源も必要になります。

 また、この小さな昆虫型ロボットには、高機能なカメラは内蔵できないため、単純な信号を送受信することが出来るだけになってしまうでしょう。

 しかし、この問題については、もう一つの昆虫の性質を利用することで克服しようと考えています。それは、一台の昆虫型ロボットだけで単独捜査を行うのではなく、何台もに編隊を組んで捜査を行おうと考えているのです。ちょうどアリが巣全体で一つの有機体と考えられることがあるように、この昆虫型ロボットも編隊全体で一つのロボットとして捜査をさせようとするわけです。

 目的のものを探すにも、編隊全体が情報の収集や提供を分散して能率よく行えるというわけです。


 なお今までのロボットと比べて、昆虫型ロボットにはどんな特徴があるかを述べておきましょう。

 一般的にいって、これまで世界各国で開発が進められてきた様々なロボットの駆動機構は、歯車などによるものや、油圧式駆動機構を用いています。これらは、原則的には1つの仕組みで1つの動きしかおこなえず、これらを複数組み合わせることで、歩行などの複雑な動きを構成しています。そのため、さらに複雑な動きや、微妙な動きをさせようと思えば、機構もさらに複雑なものが必要となってしまいます。

 そのためディキンソン氏に言わせれば、今のロボットはこの複雑な動作の制御のために、どうしてもプログラミングとアルゴリズムという狭い視野に向いてしまいがちだったというわけです。しかし昆虫ロボットの新しいアプローチは、今のロボット工学に非常に価値のあるものだと言っています。

 その点では、人工筋肉を使った昆虫型ロボットの場合、駆動する場所は、電圧をかける位置を変えるだけで簡単にかえることが出来るので、はばたく、泳ぐ、走るといった程度の運動なら、かなり制御が楽になります。

 もちろん昆虫型ロボットの方でも、小型化などの問題が山済みなのですが、この昆虫型ロボットは、ロボット工学に新しいアプローチをもたらすことになるだろうとディキンソン氏は期待しています。




軍事利用からエンターテイメントまで

 さて、この昆虫型ロボットの研究開発が行われているのは、もっぱらアメリカなのですが、実はその理由は米国防総省の国防高等研究計画庁(DARPA)が、軍事的な利用(主に偵察用スパイロボ)を期待して、多額の資金提供を行っているからです。

 ただ、この昆虫型ロボットの可能性は軍事的な利用ばかりではありません。偵察能力に優れている性質を利用して、竜巻や地震などの自然災害が起きた場所で、人が直接入れないような場所で、このロボットが生存者を探したりする利用法などが期待されています。

 また、NASAも、この昆虫型ロボットに関わっており、将来的には火星の探索などにも利用されると期待されています。これまでの火星の探査で、何百万ドルとかけた超高性能な惑星探査車型のロボットが、ほとんど何もせずに動きが取れなくなってしまったりと、痛い経験をしてきたNASAが、この昆虫型ロボットを積極的に取り入れていこうというのは自然なことといえるでしょう。

 それに、将来的には昆虫型ロボットは一台10ドルくらいの価格で作れるようになると考えられているため、大量に放って、1,2台行方不明になったり壊れたりしても、たいした問題にはなりません。

 何でも出来る究極の人型ロボットができるのかという話をするとややこしくなるのでおいておきますが、この昆虫ロボットは、今までのほとんどのロボットにとって難しかった任務に向いているのです。それは、何かと足回りが問題になってきた今までのロボットは、火星探査や自然災害現場などを移動しにくかったのに対して、空を静止したりしながら飛んで移動できる昆虫型ロボットは、まさにこの任務に適任と言えるでしょう。

 もちろん、今までのロボットが今後も主流であり続けることは間違いないのですが、今までのロボットには難しかったこれら特定の任務に関しては、昆虫型ロボットにも非常に将来性があります。

 また今のところは、このロボフライの利用法は実用的なものということですが、今後は普通のロボットには出来ないエンターテイメントを可能にしてくれるかもしれません。例えば、アマゾンなどの遠隔中継を楽しんだりといったことです。最近はあまり聞かなくなってしまいましたが、ラジコンというものにも、この昆虫ロボットを使って、もっと楽しいエンターテイメントを提供してくれるかもしれません。それに、少なくとも、このロボットを買うのに、小型自動車並みのお金や、パソコン並みのお金が必要になるということもないはずです。


 将来、家のハエに混じってこんな昆虫ロボットが自分を監視していることを想像するとぞっとしますが、昆虫ロボットを操作して火星のすきな風景の映像中継ができるようになると想像すると楽しそうですよね。




              
       


関連サイト
今回は昆虫の飛び方とロボットの話をしたので、ちょっと関連サイトが多め。前半が昆虫の飛び方についてで、後半がロボットのサイトです。

[昆虫の飛ぶ原理]

豆知識 飛行機編 - 三菱重工航空宇宙事業本部
 どうして飛行機が飛ぶのかがアニメーション付きで簡単にふれられています。

「基礎流体解析」講義ノートおよび補講
 ・レイノルズ数の定義:流れを特徴づける「ものさし」
 横浜国立大学の講義ノートから。難解な流体力学について、興味の湧くコラムを混ぜて紹介してくれます。流体力学ってとても難しいですね(^^;。

Catching the Wake - Scientific American(英語)
 ハチがどのように渦をつくっているのかというややこしい話が、図入りで説明してあります。飛行機の飛ぶ原理を紹介しているページはたくさんありますが、昆虫がどうやって飛ぶかというものを触れたページは意外と少ないものですね。

マイケル・ディキンソン教授の紹介(英語)

マイケル・ディキンソン教授の研究内容紹介のページ(英語)
 左の方の一覧をクリックすれば、ハチの飛び方やロボフライのムービーが見れます。

               ----------------------

[昆虫型ロボット]

昆虫飛翔の空気力学 -日経サイエンス

小さいサイズのロボット大革命!? 羽ばたいて飛ぶ「Entomopter」の力こぶ - mycom pc web
 火星探査用の昆虫ロボットのイメージがあります。この記事では人工筋肉に本文と違うものを使っているようですが、基本的な発想は同じだと思います。

空飛ぶ昆虫型ロボット『ロボフライ』 - WiredNews日本版


バークレー大学のロボットフライ・ギャラリー
 ロボットフライのイメージがたくさん。

米国防総省の国防高等研究計画庁のMAVのページ(英語)
 MAVとはMicro Air Vehiclesの略のことです。ロボフライも、最初はここの後押しがあってならでは。

Micro Warefare(英語) - Popular Mechanics


もちろん他にもいろんな科学コラムがあります。
ぜひ、そちらもよんでください。
バックナンバー紹介を見てください。