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そして光は止まった


---それは、ある別々に行われてきた二つ実験で、光をつかまえ、完全に止めてしまったというものです。そして、再び思いのままに光を放つことができると言うのです。もちろん、これは何かの比喩ではなくて、文字通りの意味です。---



この記事では
   光が止まった?
   両グループの共通する考え
   ナトリウムのグループ
   ルビジウムのグループ
   将来の展望
     という内容で構成しています。
 


光が止まった?

 「光ってどのくらいの速さなんだろう?」誰しも子供のころこんなことを考えたことがあるでしょう。暗い部屋で懐中電灯とストップウォッチをもって友達と光の速さを測ろうとした人もいるかもしれませんね。実際、中世に、10キロぐらい離れた丘の上でカンテラついた暗幕を上げ下げして、光の速度をはかろうとした学者もいるくらいですから。

 しかし、そのうち光の速さが秒速300000kmで、一秒間に地球を七週半すると言うことを知って驚くことになるんですよね。

 そして、アインシュタインの理論の基礎が光速度一定ということも知るようになります。

 しかし、1月の暮れにそれを揺るがすなニュースが世界中を駆け巡りました。それは、ある別々に行われてきた二つ実験で、光をつかまえ、完全に止めてしまったというものです。そして、再び思いのままに光を放つことができると言うのです。もちろん、これは何かの比喩ではなくて、文字通りの意味です。

 二つのうち、一つ目の実験というのはハーバード大学のChien Liu,Zachary Dutton,Cyrus H Behroozi, Lene Vestergaardらによって行われたもので、この論文はNatureで発表されました。

 二つ目の実験は、ハーバード・スミソニアンセンターのD.F. Phillips, A.Fleischhauer, A.Mair, R.L.Walsworth, M.D.Lukinによって行われ、こちらの論文はPhysical Review Letterで発表されました。

 今回の興味深いのは、おそらく両方の実験グループがそれぞれお互いの実験内容を知りながら、別々のアプローチで同じ結果を出したことです。

 それがいかにビックニュースだったかと言うことは、権威のあることで有名な二つの科学雑誌NatureとPhysical Review Lettersのとった行動を見るとわかります。この二つ雑誌が本誌を発行するまえに、その内容をオンライン上で発表することは普通考えられないのですが、今回ばかりは状況が異なりました。そして、まるでお互いが意識して競争したかのように、ほぼ同時に両雑誌とも、この内容で紙面を飾りました。

 今回のテーマはこの光についてですが、だいたい、光が止まるだとか、つかまえられるだとか、想像しにくいことが多いですよね。そこで、今回はできる限り難しい用語や計算式などを使わずに説明しましょう。

 今回の二つの実験というのは独立して行われましたが、先ほども述べたように別々のアプローチで行われました。しかし、基本的な考え方など共通する点もいくつかあるので、まずはその点からみてみましょう。


両グループの共通する考え

 そもそも、光の速度が毎秒300000kmというのは何もない真空中の話で、高屈折率の物質を透過するときはその速度がおそくなることは知られていました。例えば、小学校で実験した水とガラスの光の屈折がその証人といえるでしょう。ただ、そのような普通の状況では速度変化はわずかなものなのですが、量子的な障害効果によって大きく変化することが可能なのです。それを利用して、過去にも光の速度をおそくすることには成功していました。しかし、今回のように光が完全に止まってしまったというのは初めてだそうです。

 さて、両方の実験で共通する基本的な考え方とは電磁誘導透過(Electormagnetically Induced Transparency:EIT)というものです。具体的な手法は以下のようなものです。

 光を透過させないような原子密度の高いガスに、レーザー光線を照射しても、普通は吸収されてしまいます。そこで、「カップリング・レーザー("coupling" lazer)」と呼ばれる強いレーザー光線をそのガスに照射すると、ガスの原子内の電子の状態が変わります。この変化により、ふだんは吸収されてしまうようなレーザー光線もそのガスの中を透過することができるようになります。そこで、カップリングレーザーを照射しているところに、弱いレーザーを照射することで、そのレーザーは透過することができます。

 ここで、一つ考えてみてください。はじめの弱いレーザー光線というのはカップリング・レーザーがあってはじめて、不透過なガスの中を透過できるのです。では、カップリング・レーザーを消したらどうなるでしょうか。

 そう、カップリング・レーザーを消すと、はじめの弱いレーザー光線はガスの中にとらわれてしまうのです。これが光のパルスが止まってしまうことなのです。

 しかし、再びカップリング・レーザーを照射すると、先ほどとらわれていた光のパルスが、再び復活して出てくるのです。

 基本的には二つの実験は以上のような考えに基づいています。


ナトリウムのグループ

 それでは、まず、Natureに論文を発表したグループの方から見てみましょうか。こちらの実験グループはナトリウムを用いて、その冷却したガスの中で実験を行いました。なんと0.9μK(約-273℃)というほぼ絶対零度という低い温度でした。ちなみに絶対零度ではボーズ・アインシュタインによると、ある種の濃縮状態になり、原子のガスは葉巻のような形になってしまい、その大きさは約339μmの幅と55μmの高さだといいます。

 真空中のような光の進行を妨げるもののない自由な空間では、先ほども述べたように300000km/sなのですが、このような密度の高いガスではだいたい28m/sという速度までおそくなってしまします。したがって、レーザーのパルスは真空中では約3.4kmの長さがあるのですが、この低温下なら、さきほどの葉巻のようなかたちの原子のガスにパルスがおさまってしまうのです。

 次にいよいよ光をつかまえる段階ですが、カップリング・レーザーを消していられる時間というのは、わずか数μ秒から多くて数百μ秒程度の範囲なのです。光をそのガスの中に閉じ込めておけるのはそのわずかな時間で、あとは徐々にその光に特有の情報が壊れていくのです。このことは実験を行う前から予想されたことで、コヒーレンスの損失と呼ばれています。なぜなら、このような低温状況でも、ガスの原子は熱運動を行っており、その運動によって徐々に情報が壊れていくからです。具体的な数字を出しておくと、0.9msで約28%にまで情報が落ちるということです。

 しかし、このナトリウムのグループによると、さらに低温、つまり絶対零度で実験が実行できればコヒーレンスの損失はもっと減らせるというのです。


ルビジウムのグループ

 次に、Physical Review Lettersに論文を発表したグループを見てみましょう。今度はルビジウムを実験に用いています。こちらの実験も先ほどの実験に似ているのですが、いくつか数値が異なります。先ほどのナトリウムを用いた実験がほぼ絶対零度だったのに対し、こちらは70〜90K(-203〜-183℃)という温度で行われました。

 実験で用いたルビジウムの気体は、一辺が4cm程度の小さな箱の中に閉じ込められました。その箱の中を光が通過するとき、その速度は約1km/s程度にまでおそくなりました。これは先程の実験と比べると大きく思えるかもしれませんが、それでも真空状態の光の速度と比べると5桁もおそく、その点は見逃せません。

 この一連の実験によりルビジウムのグループもナトリウムのグループと似たような結果になりました。つまり、こちらの実験でも非常にわずかな間だけ、光をとどめておくことができました。


将来の展望

 以上のことを考えると、光を情報としてとらえる技術は、量子コンピュータなどの情報サイエンスにも、とても有望のように思われます。例えば、従来のコンピュータよりも多くの仕事を能率よく速くこなすことなどが考えられます。問題は、この技術がもっと幅広い温度下(絶対零度も含む)で実行できるようにすることでしょう。しかし、これが実現すればこの技術の実用性はそうとう現実的になることでしょう。もっとも、この分野の研究はまだ始まったばかりでその現実には長い道のりが考えられますが、この新しい可能性には期待していきたいと思います。






関連サイト

Stopping Light(英語)
 Natureから。ここにナトリウムのグループの報告がpdf形式で非常に詳しく載っています。もし、数学的根拠とかに興味がある人はどうぞ。誰でもダウンロードできます。

Storage of Light in Atomic Vapor(英語)
 こちらはルビジウムのグループの論文を載せているPhysical Review Letters。ただし、会員じゃないと全文を読ましてもらえません。買わないといけません。もともと誰も見たくないかな?

あと、この発表に対する他のメディアの反応をいくつかあげておきます。
 Playing Stop and Go with Light - Physics Web(英語)
 Stopping Light in its Tracks - Scientific America(英語)
 Caputuring the Light - New York Times(英語)<無料の会員登録が必要。ただなのに非常に膨大な記事が読めます。

 科学系のメディア二つと、一般メディア一つ、最後のニューヨークタイムズなんか、実験の詳細などは触れずに、記者の、子供のころ光をつかまえようとした思い出のことがかかれてあり、いかにも一般誌だなあなんて思いましたけど。


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