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シリコンにない可能性を広げるプラスチックコンピュータ |
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買い物を簡単にするということでクレジットカードやバーコードはレジ前で奇跡を起こしました。しかし、これもフルプラスチックのコンピュータの便利さにはかないません。しかも、インクジェットプリンタのようなもので簡単に作れるため、コストをかけずつくることが出来ます。これまでシリコンチップで出来なかったことがプラスチックチップで可能になりつつあります。 |
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この記事では ・そして誰もいなくなった…(インテルを除く) ・すべてのものにコンピュータチップを ・生物の実験室から飛び出したコンピュータチップ開発技術 ・トレードオフ という内容で構成しています。 |
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そして誰もいなくなった…(インテルを除く) おそらく地球上で最もきれいで、なおかつ外界からの光は遮断され、まるで手術中の医者のように完璧に着込んだ研究者だけが数人集まっている空間・・・。 私たちのパソコンの頭脳であるマイクロプロセッサは、このような特異な空間でつくられています。そして特異なのは部屋だけではなく、そこで使用されている装置も、私たちがほとんど目にすることのない非常に特異なものなのです。
光があたることで化学変化を起こし、電気を通さなくなるような処理をチップにあらかじめ施しておき、回路の模様をかたどったレンズに光をとおすのです。そうすれば影絵のように回路が浮かび上がるというわけです。このときホコリなどによって、たとえわずかでも光が妨げられてしまうと、そのチップはほとんど使い物にならなくなってしまうのです。 こうして映し出される回路のサイズはどんどんと小さくされていきマイクロプロセッサは高性能・小型化を遂げてきましたが、その分だけ波長の短い光を使う必要がありました。可視光(700-400nm)に始まり、紫外線・深紫外線(300-200nm)となり、そして今後は、極紫外線(100nm-)が使われていくと言われています。 非常に大雑把に言ってしまうと、インテルのようなシリコンチップ会社がこれまで行ってきたことは、より波長の短い光に切り替えることと、それを可能にする技術を確立することにありました。そして、今まで見事にそれを達成してきました。 ところがここまで達したときには、この特異な設備を整えるのに何千億円という資金が必要になっていました。そしてあたりを見回してみると、これほどの設備と資金を用意できるのはインテル(とほんのわずかな企業)だけになっていたのです…。 すべてのものにコンピュータチップを
ではこれと同じようにして、インテルがつくリ上げてきた高性能なチップをこういったものに貼り付けて、もっと「スマート」化させることは出来るのでしょうか?そんなことが出来ないのは誰にでもすぐにわかることです。 バッテリーやインターフェイスなどといったことはたいした問題ではありません。問題なのは何千億円という装置でつくったチップを、パッケージのバーコードのような一回限りのものとして利用することが、コスト的に見てあまりにばかげているからです。シリコンチップが安くなっているといっても、そういう使い方が出来るほど安いわけではありません。しかし最近になって、その事情は少しずつ変わり始めてきました。 ・・・それを可能にしたのが、シリコンではなくプラスチックでできたコンピュータチップなのです。2000年のノーベル化学賞が伝導性ポリマーに関するものだったためよく知っている人も多いでしょうが、普段は絶縁性を示すプラスチックもちょっとした処理をしてやることで、半導体のように電気を通すようになります。これはコンピュータチップをつくるための最低条件にすぎないのですが、現在ではこの他いくつかの条件をクリアして、伝導性ポリマーがコンピュータチップとして利用され始めているのです。 プラスチックチップは、それがもつ性質の通り、軽くて曲げることができ、どこにでも取り付けることができるという利点があります。そして何より、私たちの持っているようなインクジェットプリンタがあれば、プラスチックで出来たコンピュータチップを簡単で安くつくれるという利点があるのです。シリコンチップが同じものを大量につくって価格を押さえるのに対し、プラスチックは誰でも気軽に自分の望みのチップをつくることが出来るのです。 確かに、このプラスチックチップが、処理速度の面でシリコンチップと真正面から向かっていけるかといわれれば、それはなかなか難しそうです。しかしプラスチックは、シリコンがカバーできないところに、大きなニッチ市場を見出す可能性を秘めているのです。すでに今でも携帯電話などで使われ始めていますが、可能性はそれだけにとどまらないのです。具体的どのような応用が出来るかは、シリコンとプラスチックの性質の比較や、チップの製造方法を詳しく見ていくことでよりハッキリしてくるでしょう。 生物の実験室から飛び出したコンピュータチップ開発技術 最初に書いたように、フォトリソグラフィーは非常に高い性能を持ちつつも、あまりにもコストがかかるため、研究室の実験に使われることはほとんどありませんでした。そのため、一部の企業だけではなく、もっと多くの研究室で利用できるリソグラフィーないかと、光の替わり電子やX線が用いられたことがありました。しかし、結局は光のときと同様、莫大なコストばかりがかかりました。 そこで考え出されたのが、光やX線、電子などとはまったく違ったタイプの「ソフトリソグラフィー」というものでした。 これはもともと生物学でのゲノム解析や医療などのスクリーニングなどでよく使われていたマイクロ流体を扱う技術から発展したものでした。そのため、この技術はシリコンといった無機半導体ではなく、生体内の有機分子や高分子などが対象となっていました。 また、すでにその頃には有機分子やポリマーが電気を通すことはよく知られており、プラスチックのエレクトロニクス化が考えられていました。 こうして二つの分野は歩み寄っていき、「ソフトマテリアル」と呼ばれている有機分子やポリマーをインクとして、回路を書き込んでいくソフトリソグラフィーという発想が生まれたのです。プラスチックは金属と違って、ちょっと温度を上げるだけで液状になるため、熱を発生させる大掛かりな装置も必要ありません。また、もともと生物の実験室で使われていた技術から発展したものなので、フォトリソグラフィーのように極端の条件が課せられることもありません。プラスチックという材料自体が安価だということもありますが、この製造過程でコストがかからないというのが、プラスチックチップの最大の利点につながっていくのです。
鋳型タイプなら、あらかじめつくっておいたプラスチックの鋳型に高分子を流し込んで固めるというものです。またスタンプタイプなら、チオール(RSH)などの比較的小さい有機分子をインクとして、金属プレートにプリントします。このとき洗剤が油を包み込んでミセルをつくるのと同じ原理で、有機分子の疎水基と親水基がきれいに整って配列します。 高分子は、ゴムの分子構造などに代表されるように、金属のようなしっかりした結晶構造を持っていません。そのため薄いシートに貼り付けて折り曲げたりすることが可能です。しかし、この利点と引き換えに、高分子をインクとして配線をプリントしても、ナノスケールで見れば糸が絡んだような状態になっていて、伝導性が悪くなるという欠点もあります。これは電子の移動速度が遅くなるということで、その分だけ情報のやり取りする速度が遅くなることを意味します。もともと高分子を移動する電子の速度は速くないのですが、これによってさらに処理速度が遅くなります。そのため、プラスチックチップがシリコンと対等な処理速度をもつことは難しいことでしょう。このあたりは、いかにも柔軟な高分子らしい特徴といえそうです。 こういった高分子の利点欠点を考慮して、さまざまなタイプのソフトリソグラフィーが研究されていますが、まだどのタイプのリソグラフィーがプラスチックのコンピュータをつくるのにベストか絞りきれていません。そのため、ルーセント社やフィリップ社といった大企業から、新興のベンチャーまでさまざまなタイプのソフトリソグラフィーが考え出され研究されています。(下で個々の会社の特徴を紹介) さてこのことを考えると、プラスチックチップには、どのような利用法が考えられるでしょうか。処理速度が遅いという弱点を考えつつ、コストが低いことと折り曲げが可能だという利点をアピールしていく必要があります。 そこで今考えられている例として、液晶ディスプレイがあります。現在「壁掛け」テレビといったかたちで液晶ディスプレイが売り出されていますが、このプラスチックチップを利用すれば、「壁紙」テレビというものが可能になると考えられています。それに価格も今の液晶テレビとは比べ物にならないほど安くなるでしょう。 それもそのはずで、現在の液晶ディスプレイには液晶1ピクセルの結晶変化を制御するのに一つから数個のシリコンのトランジスタ(TFT:Thin Film Transistor)が使われているのです。このトランジスタはインテルのプロセッサほどは高くないにしても、やはりピクセル数が増えるとずいぶん高くなってしまいます。また、今のシリコントランジスタは折り曲げるとクラックしてしまうため、その分補強のための厚みも必要になります。 現時点では、プラスチックトランジスタが制作可能だということは示されていますが、滑らかな動きの映像に対応するほど処理速度が速いとはいえません。そのため、今後は処理速度をいかに上げていけるかが鍵になります。 また、飛行機のボディ全体に「人工皮膚」として取り付けて、気圧や空気の流れの変化などを把握することもできるかもしれません。シリコンほどの処理速度がなくても、価格と柔軟性のおかげで、シリコンに出来ないような応用がいくらでも存在しているというわけです。 トレードオフ さて、プラスチックがどこまで応用可能かは、やはりプラスチックの弱点である伝導性にかかっています。プラスチックで無機半導体のような結晶形成が可能になれば、伝導性はずいぶんあがると考えられています。 ただ考えてみると、プラスチックは金属のようなしっかりした結晶をもたないため柔らかいのです。だから、プラスチックでありつつ結晶構造を望むことは、なかなか虫のいい話なのですが、現在、高分子の結晶形成は盛んに研究されています。 一般に金属は、原子一つ一つが整然並んだ層が何層にも重なっていくかたちで結晶が成長していきます。金属表面でどのように結晶が出来ていくかは、触媒の効果の研究などでかなりよく調べられわかっていますが、有機高分子の結晶に関してはほとんどわからない状態でした。というのも、高分子はそれぞれの分子と分子との間で折れ曲がったり回転したりして複雑なかたちをとるうえに、あちこちに水素結合などの弱い結合などがあって、簡単なモデルでは予測できないからです。 しかし最近では、ベンゼン環が平面状に5つくっついたペンタセン(pentacene)などが、層状の結晶をつくりやすいことなどを利用して、高分子の結晶の成長のしかたが少しずつわかってきました。 ただし、今後この分野で重要となってくるのは、伝導性のためにしっかりした結晶構造が必要ですが、薄いシート状で折れ曲がってもよいように、結晶が回転して動くなどの柔軟性も必要になります。このあたりは、難しいトレードオフになるのでしょう。 いずれにせよ、今の時点では、プラスチックの限界は、その性質そのものからきているものではなくて、私たちが結晶成長などについての知識が不足していることにあるのだと考えられています。 今後、シリコンチップでは考えられなかったようなユニークな利用法への扉をプラスチックチップが開くことになるのでしょう。 |
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関連コラム 過去の「気になる科学ニュース調査」から関係のあるものを集めてみました。 ・「LED照明に浮かび上がる21世紀の姿」 今回のコラムでは取り上げませんでしたが、有機系のLEDについて。有機LEディスプレイなど。 ・「シマウマの縞模様はどこからやってくる?」 最後の高分子結晶の話がありましたが、ものによっては雪の結晶のようなものを作ったり、まだら模様の結晶を作ったりします(関連サイトで写真)。こういった現象がめぐりめぐって、シマウマなどの縞模様にも関係しているということを書いたコラム。こういうところで関係してくるのが科学の面白いところ。 関連企業 ルーセントやフィリップスは明らかに大企業ですが、Plastic LogicやE Inkは大学教授の運営しているベンチャーです。 ・ルーセント社(Lucent)(英語) 有機高分子、スタンプタイプのソフトリソグラフィー ・フィリップス社(Philips)(英語) 有機高分子 ・Plastic Logic(ベンチャー)(英語) 有機高分子、インクジェットプリントタイプ ・E Ink(ベンチャー)(英語) 無機半導体(量子ドットのレベルにして利用)、インクジェットプリントタイプ 関連サイト ・Intel,“ムーアの法則”を延命させる新テクノロジーを発表 - ZDNet つい先日発表されたもの。インテルの今後10年の計画が述べられています。ムーアの法則はインテルの努力によって支えられています。 ・ケンブリッジに芽生えるプラスチックチップ - ZDNet ・導電性高分子〜白川英樹博士の業績〜 - 有機化学美術館 本文では伝導性プラスチックの原理についてほとんど書きませんでしたが、このページでわかりやすく解説しています。主に有機化学についてのすばらしいホームページです。 ・EUV Lithography-The Successor to Optical Lithography? - インテルテクノロジージャーナル(英語) インテルの誇るEUV(Extreme Ultra Violet)について解説。なにかと引き合いに出してすみません>インテル。 ・Plastic Logic - Technology Review(英語) ・Flexible Transistors - Technology Review(英語) ・高分子結晶のイメージギャラリー(英語) |
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