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ナノ、ピコ、フェムト、アト…見えてきた超短時間の世界 |
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化学反応の最高潮でいったい何が起こっているか、つい最近まで、そのことはほとんど知ることはできませんでした。しかし、最近のフェムトパルスレーザーのおかげで、そこで何が起こっているかを垣間見ることができるようになってきました。 |
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この記事では ・分子の出会い ・化学反応の等身大の時間スケール - フェムト秒 ・山登りと出会いの経路 ・身近にあるフェムト化学 ・3フェムト秒の扉のむこうに見えるアト秒の世界 という内容で構成しています。 |
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分子の出会い
実は20年ほど前まで、化学者も同じようなことをぼやいていました。化学反応を目の前にしても、たいていの場合、非常にわずかな時間で反応は完了してしまいます。そのため、とらえたい被写体がぼやけてしまうばかりか、映し出すことが出来るのは、反応の前と後だけでした。分子と分子がぶつかって起こる化学反応の最高潮はあまりにも短い時間で起こるため、そこで具体的に何が起こっているのか直接調べる手段がなかったのです。 ときどき化学反応というものが、二つのボールの衝突のように表現されることがあります。二つのボールが衝突して反応が進むのに十分なエネルギーがあれば、古い結合をちぎって新しい結合をつくって反応が進み、足りなければ跳ね返って二つのボールは離れていくといった感じで説明されています。確かにこれは一面では正しいのですが、非常に単純化した見方といえます。 化学反応の最高潮で起こっていることは、この衝突理論で説明されるほどドライな出会いではなく、本当はもっと生き生きとしたものなのです。ただ、それを実際に描き出す手段がなかったに過ぎないのです。 そこで今回は、化学反応の核心部分ともいえる分子の出会いが、どのようにして描き出されてきたかを見ていきましょう。 化学反応の等身大の時間スケール - フェムト秒 化学反応速度が温度の上昇によって速くなるということは、19世紀のころから経験的に知られていました。そのため、反応の途中に何か越えていかなければならないエネルギー的な障壁があると考えられ、それは「遷移状態」と呼ばれていました。1930年代にはこの考えが発展させられて「活性錯合体理論」というものになりましたが、やはりあくまで理論的な話で、実験的に観察されることはありませんでした。 この「遷移状態」の継続時間のスケールの目安として考えられていたのが、分子内の振動の周期でした。一般に分子の結合はバネのようなものとみなすことができ、その端に重りとして原子がくっついて、振動していると考えることができます。これを分子振動と呼ばれています。そしてこの振動周期というのが、数ピコ秒(1ps=10^(-12)s)スケールという非常に短いものなのです。これこそがつい最近まで観察することが出来なかった理由でした。 ところが1980年ごろから、フェムトパルスレーザー(1fs=10^(-15)s)に関する技術が発達して化学に応用されるようになり、こういった一瞬の出来事をとらえるフェムト化学(femtochemistry)が確立されるようになったのです。 では、そのフェムトパルスレーザーをどのように使って、分子の出会いを観測するのでしょうか? 基本的な原理は「ポンプ&プローブ(pump&probe)」です。一つのレーザー光をスプリッターや鏡を使って、時間をずらした二つのパルスをつくります。まず、一つ目の強めのレーザーで分子を反応が起こるように励起してやります(ポンプ)。次に二つ目のレーザーを当てて、分子振動の変化などによって光の吸収のされ方がどう変ったかを調べることで、今の分子の出会いがどのような状態にあるのかがわかる(プローブ)というものです。
これから情報を読み取るためには少し特別な考え方が必要になりますが、この波打ったグラフからは、分子振動の存在を感じ取ることができます。 ではこのグラフから実際にどういった分子の出会いを読み取れるのか、もっと視覚的にわかるようにするため、「ポテンシャルエネルギー面」というものを考えてみましょう。 山登りと出会いの経路 そこで、次のような簡単な反応を考えてみましょう。 H(a) + H(b)-H(c) → H(a)-H(b) + H(c) 水素原子(a)が水素分子(b-c)と出会って、古い結合をちぎって新しい結合をつくり水素分子(a-b)になるというものです。おそらく最も簡単な化学反応でしょう。 しかし最も簡単な化学反応だからといって、原子や分子の出会いが単純で退屈なものだというわけではありません。例えば、水素分子(b-c)は完全な球形ではなく、二つの球をバネでつないだような形で振動しているため、水素原子(a)にとっては接近のしやすい方向性などが生じてくるはずです。これが反応の起こりやすさなどを左右します。
この場合、水素原子(a)と(b)の距離(Rab)、(b)と(c)の距離(Rbc)、そしてこの三つの水素原子がつくる錯合体のもつエネルギーという、三つのパラメータを軸にとったポテンシャルエネルギー面を考えるとわかりやすいでしょう。これはちょうど山の等高線のようなもので、低い位置がエネルギー的にも安定ということを示しています。 はじめは水素原子(a)が水素分子(b-c)から無限に離れたところにあるため、Rab=∞の位置にあります。(Rab=∞の断面積は、水素ニ分子のポテンシャルエネルギーのグラフになっていることに注目。)さらに外部からの影響がなければ、(b)と(c)の距離は最も安定な距離にあるため、谷の部分にあるはずです。これが出発地点"A"となります。 そして反応が完了するためには、Rbc=∞(つまり(b)と(c)の結合が切れる)で谷の部分((a-b)の結合が最も安定)である地点"B"にたどり着く必要があります。 さて、化学反応の出発地と目的地が決まったので、あとは山登りをするときと同じような感覚でルートを考えてやればよいのです。
なにも言わなくても、直感的に[2]がエネルギー的にいちばん楽なルートだと予想できるでしょう。実際、それで正解なのですが、それぞれのルートを通る反応というものが、分子動力学的に見てどういうものかを考えてみましょう。 まず[1]は(b)と(c)の結合距離を一定にしたまま、水素原子(a)が水素分子(b-c)に接近するルートを示しています。しかし、そうすると無理に山を上らなくてはなりません。このルートを通るには相当のエネルギーが必要になります。また[3]は、(a)がまだ遠くにあるときから、(b)と(c)の結合距離を広げようとするもので、やはり山を通らねばならず、反応には多くのエネルギーが必要になります。 そして[2]の場合は、まずは(a)が水素原子(b-c)にある程度近づきます。そしてエネルギーを最小に保つために、C点(鞍点という)あたりから、(b)と(c)の結合が伸び始めます。つまり、この小山になったC点が[2]を通ったときの「遷移状態」ということになります。 もし、はじめのエネルギーが足りなければ、[1]は図2のXのようになり、[3]は図2のYのようになって、水素原子(a)は水素分子(b-c)にたどり着くことができません。 また、[2]が図2のZのように、勢いよく水素原子(a)が水素分子(b-c)近づいていくと、いったんエネルギーの壁を駆け上って転げ落ち、反対側の壁を再度駆け上って転げ落ち…と繰り返しながら、目的地へと近づきます。これが意味していることは、(a)と(b)の結合距離がバネのように伸び縮みしている振動した水素分子が生成することになります。 さっき見たフェムトパルスレーザーによる波打ったグラフは、このような出会い方によって、生じたり消えたりする振動が反映されているのです。(さっきのグラフは、水素原子と分子の反応ではなく、もう少し複雑であるが…) このように理論によって計算した結果と、フェムトパルスレーザーによって観測された結果がきれいに一致してくるのです。こうして、化学反応の等身大の時間スケールであるフェムト秒での推移をリアルタイムで観察できるようになり、生き生きとした分子や原子の出会いを描き出すことができるようになったのです。 身近にあるフェムト化学 このようなフェムト化学によって、化学反応の見方はずいぶんと変りました。今まで遷移状態などという非常にぼんやりとした過程で済ましていた部分が、フェムトパルスレーザーによってはっきりとステップを踏んだ反応で示せるようになったのです。 また、フェムト化学の応用範囲は何も化学の基礎的な教科書の内容にとどまるものではありません。例えば、光を見たときに目の色素で起こる化学反応といった生物的なことから、高分子の成長や金属触媒表面で何が起こっているのかといった産業的なことまで、以前ならほとんどわかっていなかったか、もしくは理論上でしか示すことができなかったことを、リアルタイムで描き出すことができるようになったのです。 それでは、ひとつ身近な例を見てみましょう。目で光を見るというのは確かに身近な現象ですが、この仕組みもフェムト化学によってより深く理解されるようになったのです。具体的には、目の色素であるロドプシン(タンパク質の一種)の分子の炭素二重結合と単結合の繰り替えしの鎖部分(共役結合部分)が、光があたることによって数百フェムト秒程度で(シス・トランス)異性化します。これが端となって、あとはご存知の通り、一連の電気化学信号の連鎖が神経を通って脳へと伝わっていくのです。 しかし考えてみれば、後の一連の電気化学的信号が脳へ伝わっていくのは、せいぜいミリとかミクロ秒のスケールです。フェムト秒というのは大げさだと思うかもしれません。しかし、これには非常に短い時間で変化が起こることによって、エネルギー的なロスを最小限にするという生物進化的な背景があると説明されています。また植物のクロロフィルでも、これと似たようなことが起こっていると考えられています。 もちろん、こういった研究は人工網膜や太陽電池の改良に大きく貢献するでしょうが、それ以上に基礎的な知識を蓄えるのに大きく貢献しました。 いずれにせよ、フェムト化学が切り開いた新天地の幅広さには驚かされます。 3フェムト秒の扉のむこうに見えるアト秒の世界 このようにフェムト化学は、化学反応を生き生きと描き出すのに成功しただけでなく、生物学的なことや産業的なことまで幅広く貢献してきました。 しかしさらに化学反応をさらに深く立ち入ろうとしたときに大きな問題が生じます。化学反応をさらに深く追求すると、分子や原子の振動といった外で起こっていることだけではなく、核内で起こっていることをどうしても知る必要があります。そのため電子や原子核の存在を無視することができなくなりますが、ここでフェムト化学の限界がやってくるのです。 というのも、これまで化学反応でどのルートをとるかといったように分子動力学的に考えてきましたが、電子や原子核の運動はこのような軌跡という概念が薄れ、量子力学にしたがった運動をしているのです。 そして何より、電子の運動を見るためにはフェムト秒では遅すぎるのです。電子の運動というのは、もう一つ下のスケール、つまりアト(1as=10^(-18)秒)の世界での出来事なのです。 これまでのような赤外線や可視光を使ったレーザーでは、1回の振動に3フェムト秒ほどかかり、それより短いスケールで観測することは難しいでしょう。そのため、さらに短いパルスのX線を使ったレーザーが前々考えられていたのですが、これをつくるのは技術的に難しいことでした。私たちが見ることのできる世界は、この3フェムト秒あたりで扉が閉ざされたままだったのです。 しかし最近ではX線レーザーが登場し始め、少しずつアト秒の世界が開けてきたのです。これは物理だけの世界でなく、化学や生化学といった幅広い分野にも大きな影響を与えることになるのでしょう。私たちが今まで認識することのできなかった、電子の生き生きとした運動を、アト物理の世界が切り開いていくのでしょう。 |
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関連サイト 今回の内容に関係のあるサイトを紹介します。ちなみに文中で「フェムト化学」と「アト物理」という言葉を何度も用いましたが、あまり気に入らない人もいるかも。別にこれといった呼び方があるわけではないので、あまり気にしないということで…。 ・ようこそフェムト秒の世界へ - 物質材料研究機構(NIMS) ・小林研究室 - 東大 超短パルスレーザーを使って、共役高分子やクロロフィルなどの研究にはじまり量子光学・情報通信などと幅広い研究。 ・中村グループ - 東工大 分子物理学、レーザー分光学、量子物理化学、表面科学の研究。 ・ロドプシンの光反応ダイナミクス ・フェムト秒テクノロジースーパーラボ ・The 1999 Nobel Prize in Chemistry(英語) - e-Nobel Museum 1999年はフェムト化学に貢献したアーメド=スベイルがノーベル化学賞を受賞しています。 ・Super-short laser flashes light up ultra-fast events(英語) 今回のアトパルスレーザーとアト物理について。 ・Experimental attosecond science makes its debut(英語) ・Ultrafast Surface Dynamic - Free Berlin U(英語) 次のページが関係があって面白そう。 ・COの金属表面でのレドックス反応とフェムト化学 http://w3.rz-berlin.mpg.de/~mwolf/newfemtos/surffemto/coox.html |
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