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ライフセーバーなスクリーンセーバーの裏側 |
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---昔はパソコンのモニターを画面焼けから守るのが役割だったスクリーンセーバーが、今後は人の命を救うことになるのかもしれません。SETI@homeなどに代表される分散コンピューティングを利用した、治療薬の開発やタンパク質の構造の解明のプロジェクトです。ただし、純粋な好奇心によるSETIの宇宙人探しのプロジェクトと違って、これらのプロジェクトの裏側には、ずっと複雑な背景があるのです。--- |
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この記事では スクリーンセーバーの裏側 そのまま使うことのできない情報 複雑すぎるタンパク質の性質 さまざまな分散コンピューティングプロジェクト 民間企業の参入と今後のプロジェクト という内容で構成しています。 |
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スクリーンセーバーの裏側 ちょっと席を外して戻ってきてみると、パソコンの画面のなかでUFOや窓が飛んでいたりと、なかなか私たちを楽しませてくれるスクリーンセーバーですが、これはもともとはパソコンのモニターを画面焼けから守るためのものでした。 ところが最近は、スクリーンセーバーの中には、ヒトの遺伝子のはたらきを探ったり、タンパク質のかたちなどを調べたりするものがあるのです。そして最終的には、このスクリーンセーバーのはたらきのおかげで、エイズやガンの治療薬が開発されたりと、人類への大きな貢献が期待できると考えられています。 もっとも、そんな大きな使命感とは裏腹に、私たちに必要なのは、インターネットにつないだパソコンと、専用のスクリーンセーバーのソフトだけで、遺伝子学や化学の知識もまったく必要ありません。パソコンが暇なときにスクリーンセーバーを動かしておくだけというわけです。 実はこれと似たようなものに、宇宙人を探してくれるスクリーンセーバーが以前からあります。 宇宙から送られてくる膨大な電波信号を調べることで、宇宙人からの信号をキャッチしようというSETI@homeという有名なプロジェクトです。 宇宙から送られてくる電波があまりにも膨大な量で、普通のパソコンでは処理しきれません。そこで、世界中の協力者のパソコンに電波のデータの一部分を送り、協力者のパソコンが暇なときに、オリジナルのスクリーンセーバーの裏でこのデータを処理してもらい、再び中央のコンピュータにデータの処理結果を戻すという仕組みのものです。 つまりこの方法は、世界中のたくさんのパソコンが同時に処理を行っていることになるので、スーパーコンピュータか、それ以上に高性能なコンピュータでデータを処理しているのと同じというわけです。このように仮想のスーパーコンピュータを作り出すスタイルは、分散コンピューティングと呼ばれています。 そして、先ほどのタンパク質や遺伝子を調べるスクリーンセーバーも、この宇宙人探しと仕組みはほとんど同じものです。しかし、理屈抜きで夢のある宇宙人探しよりも、実はこちらのスクリーンセーバーの裏側には、もう少し複雑な事情が隠れています。 そこで今回は、このスクリーンセーバーの裏側で、どんな人たちが、何を考えて、何をやっているのかということをのぞいてみることにしましょう。 そのまま使うことのできない情報 今年の二月にヒトゲノムマップが完成したという出来事は、かなり衝撃的なニュースとして取り扱われたので、記憶に残っている方も多いことでしょう。 そのときの内容が衝撃的だった理由の一つとして、考えられていたよりヒトの遺伝子の数は少なかったということがあります。それまではヒトの遺伝子さえ分かれば、ヒトの体の機能も大部分が明らかになるだろうと考えられていたのに対し、ヒトゲノムマップが完成してみると、遺伝子だけでは何も分からないということが分かってきたわけです。 むしろ遺伝子そのものよりも、遺伝子が作り出すタンパク質の性質やはたらきの方がヒトの仕組みを理解する上で重要だということが分かってきました。どの遺伝子がどのようなタンパク質をつくるのかといったことは、現在でも大部分が分からないような状況です。 ところで、なんでタンパク質がヒトの体の仕組みを知る上で重要なのかということについて、少し話しておきましょう。 タンパク質が単にヒトのからだを構成する重要な材料だというだけでなく、酵素として体内のさまざまな化学反応に関与したり、抗体として体内に入ってきた菌を殺す役割ももっているのです。 つまり、遺伝子の作り出したタンパク質について詳しく調べれば、例えばエイズやガンの治療薬を開発することができるかもしれません。また、アルツハイマー病などの原因の解明にも役立つでしょう。 そういうわけで、ヒトゲノム計画などによって明らかにされた、ヒトの遺伝子に関する膨大なデータベースがオンライン上であふれかえっているわけですが、結局のところ、この情報だけではあまり価値がないというわけです。このデータだけでは、新薬をつくることはできません。 このデータを足がかりにして、タンパク質について詳しく調べていくことが重要となるわけです。 複雑すぎるタンパク質の性質 ところがタンパク質について詳しく調べ、製薬など具体的な成果に結び付けようとするときに、大きな障害が生じます。 オンライン上のデータ量は全体として非常に多いために、それらを処理していくことは、確かに大変に違いありません。しかし、それどころか、一つのタンパク質の性質やはたらきを研究するのも非常に手間のかかるものなのです。 今までは、タンパク質を調べ、目的の治療薬を作るのは、ほとんど試行錯誤の積み重ねで行ってきました。可能性のありそうな化学物質を組み合わせることで、少しずつ実用可能な治療薬へとつなげていったのです。ところがこの方法では、研究開発に莫大な費用がかかるだけでなく、非常に長い期間が必要になります。 現状を考えると、エイズ一つとっても、新薬の開発にあまり長くの時間と莫大な研究開発費をかけることはできません。 そこで、従来の科学者と試験管のスタイルから、多くのコンピュータを使ったシミュレーション実験のスタイルに切り替えようというわけです。 しかしそうは言っても、タンパク質一つ調べるのに、世界中のコンピュータをつないだ大規模なネットワークが必要だというのは、あまりにも大げさに聞こえるかもしれません。 確かに、先ほども述べたように、とにかくデータの量が多いので、できる限り多くのコンピュータが利用できる方が望ましいことには違いないでしょう。しかし、世界中からボランティアの参加者を募るまでして、大きなコンピュータネットワークを必要とするのでしょうか? 実は、タンパク質については、今でも分からないことばかりなのです。しかし少なくとも、タンパク質は自分で自分を組み立ててしまうという、生物的に奇妙な性質をもっていることが知られています。タンパク質のこのような性質を、"折りたたみ(folding)"といいます。実は、私たちの体の仕組みの解明や新薬の開発には、このタンパク質の折りたたみの性質が非常に重要になってくるのです。 (タンパク質の折りたたみの様子のムービーはこちらのページからダウンロードできます。) http://www.stanford.edu/group/pandegroup/Cosm/results.shtml タンパク質は、抗体や酵素としてはたらくのに、それぞれの役割に応じて独自の立体構造をとる必要があります。いろいろな役割を果たす上で、タンパク質の形がどれほど重要かということについては、アルツハイマー病や狂牛病などの例を考えてみると良いでしょう。 もし、タンパク質が折りたたみに失敗し、役割に対して間違った構造になってしまうと、そのことが、アルツハイマー病や狂牛病の症状を引き起こすと考えられています。折りたたみに失敗したタンパク質は、まるでもつれた糸のようになり、脳へと集まってくると考えられているのです。まだはっきりとは理由がわかっていませんが、タンパク質の形というのが非常に重要な役割を果たしているということが分かるでしょう。 そこで再度、タンパク質のシュミレーションを行うのに、なぜ大掛かりなネットワークが必要になるのかということを考えてみましょう。このような三次元の構造をもって折りたたみが行われるということは、その分だけ変数の数が多くなり処理が重たくなります。そして、この折りたたみが行われている時間は、コンピュータの処理能力を考えると、非常に長いものなのです。もちろん、私たちの感覚にとっては非常にわずかな時間なのですが、それをシミュレーションで再現しようとするコンピュータにとっては非常に長いものなのです。 具体的には、単純なタンパク質の折りたたみなら、だいたい10000ナノ秒(0.01ミリ秒)くらいの時間で行われると考えられています。ところが、400MHzのコンピュータ一台が一日にシミュレーションできる折りたたみは、わずか1ナノ秒にすぎないのです。このように、コンピュータにとっては、非常に長い時間なのです。 ということは、単純に考えると、10台程度のコンピュータで同時に処理したところで、一つのタンパク質の折り畳みをシミュレーションするのに1000日もかかるというわけです。さらに複雑なタンパク質の折りたたみのシミュレーションとなると、それ以上の時間が必要となるわけです。 そのため、ある程度の処理速度を考えてスーパーコンピュータを購入し、このシミュレーションをしようとすることもできますが、それでは、薬品の開発までに莫大な費用と時間がかかり、その利益を受けられるのは、一部の人間に限られてしまうわけです。 さまざまな分散コンピューティングプロジェクト したがって、このような理由で、分散コンピューティングの重要性が出てくるわけです。例えば、このタンパク質の折りたたみについてのプロジェクトでは、アメリカのスタンフォード大学の主催するFolding@homeというものがあります。 現在このプロジェクトには世界中で4万人以上の参加者がいます。先ほどのSETI@homeには300万人の参加者がいるということを考えれば、少ないように思えるかもしれません。しかし、主催者である大学の関係者によると、現在の時点でも、大学内で稼動可能なコンピュータをすべて使った場合の100倍以上もの成果があげられているとされています。 しかも、 この大学では、ヒトゲノムマップが完成したすぐあとに、Genome@homeという、もう一つ別のプロジェクトを開始しています。これは、先ほどのFolding@homeのプロジェクトとは逆のアプローチで、すでに分かっているタンパク質の構造を調べることで、ヒトゲノム上のどの塩基配列から形成されうるかということを探っていくという方法を取っています。そして、これによってあげられた候補の配列を、ヒトゲノム計画のデータベースと比較するといっています。 このようにして、分散コンピューティングを足がかりにして、最近次々と明らかになっている膨大な量のデータを有効に利用していこうと考えているのです。このように、短期間に二つのプロジェクトを立ち上げたところを見ると、どれだけこの分散コンピューティングが重要視されているかということがうかがえます。 この他にも、分散コンピューティングを使ったプロジェクトはいくつも存在します。例えば、オルソン研究所の主催するエイズの治療薬を開発のためのfightAIDS@homeなどがあります。また、医療とは直接関係ありませんが、放射性物質を安全に保管するための方法を探るプロジェクトといったものなどもあります。実際のところ、把握できないほど、さまざまなプロジェクトが次々と立ち上げられているのです。 民間企業の参入と今後のプロジェクト ところで、SETI@homeと、最近の医療関係のプロジェクトとのあいだには、いくつか違いがあることを注目しなくてはいけません。もちろん、ソフトウェア上の細かなシステムが異なっているとか、ネットワークの仕組みが違うといったこともあげられますが、やはり一番の大きな違いは民間企業の積極的な参加についてでしょう。 現時点では、SETI@homeが飛びぬけて参加者が多いプロジェクトであることは間違いありません。しかし、将来的に考えれば、宇宙人を探すよりも、エイズやガン、パーキンソン病などの治療といった日常生活に関わってくるものに、一般の人の関心が大きく向かうことは言うまでもありません。 もちろん、民間企業もこのことに十分気が付いています。そのため、多くの民間企業が何らかの形で、これらのプログラムに参加しています。 例えば、先ほどのエイズ治療薬を開発するfightAIDS@homeプロジェクトでも民間の企業がスポンサーになっています。他にも、最大手のコンピュータチップ会社であるインテルも最近になって、ガンなどの治療法を探すプログラムを行おうとしている大学や研究機関のスポンサーになることを発表しました。 インテルは、資金提供は慈善活動のためだとし、得られたデータなどで利益をあげるようなことはしないと発表しています。もちろん、コンピュータ関連会社のインテルとしては、分散コンピューティングという手法そのものの可能性についても興味があるでしょう。ただし、新薬開発によるデータで利益をあげないにしても、他の手段で利益をあげる方法を模索しているのではないかという声もあるのも確かです。 今のところは、プロジェクトのスポンサーになっている民間企業のなかで、参加者の協力によって得られた成果で利益をあげようなどと言っているような企業はさすがにいませんが、単なる慈善活動のためだけだとは考えにくいことです。遺伝子情報や新薬開発などと特許の関係については改めて説明するまでもないでしょう。 まだまだ、タンパク質の性質すらもハッキリしないような状況で、研究によって得られたタンパク質や治療薬についての特許などのことを語るには、はやすぎる感じがあるかもしれません。しかし、多くの企業は口にこそしませんが、今後これらのプロジェクトのもたらす利益に大いに関心があるのは言うまでもありません。 いちおう、今のところは、プロジェクトによって得られたほとんどのデータは公開され、個人的にも商業的にも利用可能になっています。 民間企業の積極的な参入によって、今後大きく変化しそうな、この分散コンピューティング・プロジェクトの分野について、いろいろと疑問に残る点も多くあります。例えば、研究データの公開や、具体的な薬品などとしての特許がどこに帰属するのかといったことなどです。 それぞれのプロジェクトに多くの参加者が集まるためには、プロジェクトの結果として得られた利益がどのように振り分けられていくのかといったことなどについて、ある程度明確な見通しが立つということが必要な条件となるのでしょう。 いくら人類を救えると言われても、スクリーンセーバーの裏側で何が行われようとしているのか分からないことには、この分散コンピューティングのプロジェクトに多くの参加者は期待できないでしょう。 関連コラム 私が以前書いた関連コラムです。 ・「ゲノム・ウォーズ」 何度かヒトゲノム計画について出てきましたが、そのときの内容を取り扱っています。この内容でも、民間企業の参加の影響が、良くも悪くも大きなものとなっています。 ・「生命の左利きの謎」 今回の記事で、折りたたみによるタンパク質の三次元的な形が非常に重要だという内容が出てきました。このコラムでは、もっと単純で基本的な、アミノ酸の右方と左型について扱っています。生物にとっては、同じ化学物質でも、三次元構造が非常に重要になってくるというコラムです。 ・「あなたの遺伝子は甘党?」 遺伝子の作り出したタンパク質がどれほどヒトの体の仕組みに関わってくるかということについての一例。甘さを感じる個人差について。 関連サイト 本文に出てきた分散コンピューティングについてのプロジェクトの紹介。 Folding@home(英語) ・プロジェクトの科学的背景について ・タンパク質の折りたたみについてのムービー ・スクリーンセーバーについてはこちら(Windows用) Genome@home(英語) ・プロジェクトの科学的背景について fightAIDS@home(英語) ・プロジェクトの科学的背景はこちら ・スクリーンセーバーについてはこちら 関連ニュースなど Wired News日本語版 ・分散コンピューティングでタンパク質とゲノムの関係を解明 ・分散コンピューティングによるタンパク質の謎解きに参加しよう 各種分散コンピューティングプロジェクトの紹介 Open P2P.com(英語) P2P全般についてのニュースサイト。いろいろと興味深い考察が多いです。 ・Saving Lives with P2P |
もちろん他にもいろんな科学コラムがあります。
ぜひ、そちらもよんでください。
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