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   最終更新日:2002/10/27




量子コンピューティング-量子コンピュータの実現へ向けて/シュプリンガ−フェアラーク東京


量子コンピュータ入門 情報科学セミナー
/東京電気大学出版局


中国人郵便配達問題=コンピュータサイエンス最大の難関
/講談社


Quantum Computation and Quantum Information
/Cambridge Unv. Pr.


The Bit and the Pendulum: From Quantum Computing to m Theory - The New Physics of Information
/John Wiley & Sons

 



 

  
イントロダクション
量子コンピュータの歴史
量子力学と計算機科学
Shorの因数分解アルゴリズム,他
実際に量子コンピュータ装置を作る
リンク集

 
■量子コンピュータ
 − 実際に量子コンピュータ装置を作る


とにかく量子コンピュータの作成は難しい

 これまでに量子コンピュータの原理、いくつかの有用なアルゴリズムなどについて見てきたが、ここではどうやって量子コンピュータを実現するかを見てみよう。

 まず言っておかなければいけないのは、確かに理論では量子コンピュータの動作が証明されているが、実際の物理系を使って量子コンピュータを実現することは途方もなく難しいということだ。はじめからRSAの暗号解読が出来るような量子コンピュータが作れると思ってはいけない。それどころか、現在の量子コンピュータというのは、私たちが頭のなかで解けるような簡単な問題がやっと、というレベルなのだ。

 そこで、量子コンピュータの製作において、次のように何段階かの目標を決めるとしよう。

  1. 1qubitの量子力学的な重ね合わせの状態を作り、それを制御。
  2. 2qubitの実現。制御NOTゲートの実現。
  3. 数キュービットで簡単なアルゴリズムを実践(少数ビットのアカデミックな量子計算)。
  4. 集積化により大規模な量子ビット(少なくとも一万qubit)を実現し、実用的なアルゴリズムを実践。

 これは計算機科学としては非常に基礎的なことであるが、その実現は高いハードルの連続である。


なぜ、量子コンピュータを作るのは難しい?

 それでは、なぜ量子コンピュータを作るのがこれほど難しいのだろうか?その原因は二つある。

 まず一つ目の原因として、量子コンピュータが周りの環境に対して余りにもデリケートすぎることが挙げられる。いわゆる「
デコヒーレンス時間」の問題である。

 量子コンピュータは重ね合わせの状態を利用することで超並列計算を行ない、これが量子コンピュータの強みとなっている。しかし、この重ね合わせの状態というのは、電子や光子をぶつけるなどして外部から観測することで、ある一つの状態へ解消されてしまう。この現象を「
デコヒレーンス」という。そのため超並列計算を可能にするには、デコヒーレンスが起こらないように処理中に観測をしてはいけないことになる。つまり、計算が終わってからはじめて観測するというのが、量子コンピュータの正しい手順といえる。

 ところが実際は、そう簡単にはいかない。なぜなら、量子コンピュータを外部環境から完全に分離することは難しく、処理を行なっている最中に外部から光子や電子がフラフラと入ってきて「観測」したことと同じになり、デコヒーレンスが起きてしまうからだ。これが環境に対してデリケートすぎるという理由だ。

 結果として、計算処理時間よりもデコヒーレンス時間のほうが短ければ、正しい答えを得ることができない。量子コンピュータ実現の大きなハードルは、デコヒーレンス時間の短さにあるのだ。ただ、現在ではデコヒーレンスによって、答えに生じたエラーを訂正する方法が提案されており[1]、この状況は少しずつ改善されているようだ。


 二つ目の原因は、「
qubit集積化」の問題である。先ほどの量子誤り訂正の方法が提案されてから、ここ数年で量子コンピュータの研究はずいぶん進歩し、例えばIBMの研究チームのNMRを使った量子コンピュータはステップ3までをクリアしている。ただしステップ3まではあくまでアカデミックな色合いが強く、本当に実用的な量子コンピュータという点ではステップ4までクリアできなければならない。しかし現時点では、ステップ4、つまりqubit集積化をクリアできる明確な戦略を示すことのできている研究チームは一つもないのだ。なぜ集積化が難しいかは、次の具体例のなかで紹介しよう。



具体的な量子コンピュータ

 これまでの量子コンピュータの研究のなかで代表的なものについて、それぞれの原理、利点・欠点、また現時点で考えられている課題などを簡単に取り上げてみよう。

・イオントラップ
 図に示すように、極低温、超高真空という条件下で、4つのロッドに高周波数の交流電圧を加え、その電磁場で目的のイオンを鎖状に並べている。両端のリングは、イオンが外へ逃げていかないためにとりつけてある。イオンどうしにはそれぞれクーロン力が働くので、ちょうど重りがバネによって数珠つなぎにされている状態と似ている。この見方はイメージをつかむのには便利だが、量子力学の支配する世界で、古典力学的な比喩を使うときは注意しなければいけない。なぜなら、量子力学ではエネルギーが離散的な値をとるように、バネの振動の仕方(振動モード)も限られたものだけをとるようになる。イオントラップの量子コンピュータは、この振動モードを量子ビットの|0>,|1>に対応させている。これらのイオン一つ一つに狙いを定めて光子をぶつけることで、振動モードを重ね合わせの状態にしている。

 この方法は量子コンピュータの動作原理の検証など、基礎研究で大きな意味を果たしている。ただし、ステップ4のqubit集積化については、装置が大掛かりになりすぎることもあって、現状のままでは実用的な量子コンピュータが実現することは難しい。現在、イオントラップの研究は、アメリカのNIST(National Institute of Standard Technology)が有名。(NISTはイオントラップを用いた新しい原子時計の研究などでも有名。)


・NMR

 原子核は「スピン」という地球の自転のような運動を行なっている。ただしこの場合も、古典的な比喩はイメージをつかむのには便利だが、その使用には注意が必要である。磁場がかかっていないときは、スピンの軸方向は自由な方向を向いているが、静磁場がかけられている場合は、核スピンの軸方向は、磁場と平行と反平行の二つ状態しかとれない。軸方向が空間的に量子化されているというわけだ。

 平行、反平行のそれぞれの状態を量子コンピュータの|0>,|1>に対応させている。反平行の状態は平行の状態よりもエネルギーが高い。このエネルギー差を考慮して、最適の周波数の電磁場を、強さを周期的に変えながらかけることで、核スピンの重ね合わせの状態を実現する。

 NMRによる量子コンピュータは、イオントラップやその他のものと異なり、一つの原子に1qubitを実現しているのではなく、溶液中の多数の原子集団を1qubitとして扱っている。そのため、原子集団の中でいくつかの原子がデコヒーレンスを起こしても、集団の平均としては重ね合わせの状態を保っていられるため、デコヒーレンス時間が長いのが大きな利点である。

 NMRの量子コンピューティングの研究はIBMが有名である。先ほども示したように7qubitを実現して、15についてShorの因数分解アルゴリズムを実行するなど、他の研究チームより頭一つ抜き出ている。ただし、NMRは原子数が増えると、NMRスペクトルが判別しにくくなり、単に分子を複雑なものにするだけではqubit集積化は難しい。

 IBM's Test-Tube Quantum Computer Makes History - IBMプレスリリース(2001)


・量子ドット

 リソグラフィーなどの半導体微細加工を用い、大きさが十数nm程度のドットを「
量子ドット」と呼んでいる。量子ドット内の電子は、量子閉じ込め効果により離散的なエネルギー準位をとるようになる。特定のエネルギー準位aを|0>、エネルギー準位bを|1>とすることで、その差を考慮して最適なエネルギーの光子をぶつけることで、電子が二つのエネルギー準位の間を行き来する重ね合わせの状態を実現できる。

 量子ドットは固体(ソリッドステート)であり、従来の半導体デバイスのように集積化の点では有利であるが、デコヒーレンス時間が短いことなどが問題となっている。量子ドットの量子コンピューティングは、国内では、NTT基礎研究所などが有名。


・ジョセフソン接合

 「
ジョセフソン接合」によって外部電極と結合した微小な超伝導単一電子対箱を作り、ゲート電極を作用させることで重ね合わせの状態を作る。ジョセフソン接合とは、超伝導を利用して電流を抵抗なしで流すことができる回路で、ナノスケールの2つの超伝導体に薄い絶縁体が挟まれた構造をもっている。二つの超伝導体に電圧をかけていない場合はジョセフソン電流というトンネル電流が生じる。逆に電圧をかけると、高周波振動を起こす。

 量子ドット同様に集積化の点では有利であるが、デコヒーレンス時間の問題がある。NECの中村研究チームが有名[2]

 世界で初めて固体電子デバイスによる量子コンピュータの回路開発に成功(プレスリリース1999)


ref.
 
[1]P.W. Shor, Phys. Rev. A 52 R2493, 1995
 [2]
Y.Nakamura, et al, Nature 398 786, 1999



Shorの因数分解アルゴリズム,他 リンク集