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人体の分子の驚異―身体のモーター・マシン・メッセージ
/ 青土社


生体分子モーターの仕組み
/ 共立出版


タンパク質のかたちと物性
/ 共立出版


生体ナノマシンの分子設計
/ 共立出版


     最終更新日:2002/12/9
 

  
1章:イントロダクション
 ナノテクの実現手段としての自己組織化
2章:自己組織化とは?
 様々な分野での自己組織化
 熱力学と自己組織化
3章:生体分子・細胞を真似する
 自ら組み上がる生体ナノマシーン
 機能をもった人工分子膜:LB膜とSAM
4章:相手を認識する分子
 鍵と鍵穴
 超分子化学の世界へ
5章:固体表面での自己形成
 表面張力による造形
 自己形成する量子ドット
6章:散逸構造と自己組織化
 アニマル柄とチューリング・パターン
 アニマル柄と量子ドット
7章:複雑系へ
 複雑系と自己組織化(Coming Soon)
 リンク集

 
■自己組織化&自己集合
 - 自ら組み上がる生体ナノマシーン

 はじめて生体ナノマシーンの精巧さを知ったときには、誰であれ感動にも似た衝撃を受けるものだ。たとえそれが大腸菌だとしても結果は同じことだ。大腸菌は長さ2μm、直径1μmの筒状の単細胞生物だ。しかし、その構造を分子的に見ると、恐ろしく込み入っていることが分かる。ここで大腸菌の機能すべてを見ることなど到底無理なので、大腸菌のもつ鞭毛モーターの構造だけに注目することにしよう。

 大腸菌の鞭毛モーターの直径はわずか30nmほどに過ぎない。これがどれほど小さいかは次のことを考えてみればよいだろう。現在のICチップは指先にのる程度のサイズのものに、約1億個のトランジスタがつめ込まれている。そしてトランジスタ1つのサイズは約100nmだ。この現在の半導体技術でも脅威的なのに、大腸菌の鞭毛モーターはそれよりも小さくて精密なのだ。

[図]鞭毛モーターの構造

 ただし本当に驚くべきところは、それとは別のところに潜んでいる。この精巧な鞭毛モーターはタンパク質の寄り集まってできたものであるが、その構成パーツとなるタンパク質は自ら集合して、モーターへと組み上がってしまうのだ。必要なタンパク質をそろえ、ビーカーの中に放り込んで条件を整えてやるだけでよいのだ。また、鞭毛の繊維部分はフラジェリンというタンパク質が多数らせん状に集まってできているが、これについても材料となる分子をそろえて条件さえ整えてやれば、やはり自発的に成長していくことが知られている。しかし、なぜこんな手品のようなことが可能になるのだろう?そのためには、生体分子の特徴についていくつか見ておく必要があるだろう。


多様な化学結合によって生み出される自己集合

 一般に有機合成などによってつくられる小分子は、原子間で電子を共有する共有結合が支配的である。巨大でひたすら同じ構造を繰り返しているポリエチレンやビニロンなどの高分子も、モノマーが共有結合によってしっかりと手をつなぐかたちになっている。

 ところが有機小分子やビニロンなどの高分子とは異なり、生体内の巨大分子では共有結合の他にも様々な化学結合が中心的な役割を果たしている。生体分子の構造や機能の多様性は、まさに化学結合の種類の多様性にあるといえるだろう。下の表に、生体内で重要な役割を果たしている結合(共有結合以外)を挙げてある。

表.生体内の多様な化学結合
ファンデールワールス力
 無極性分子間にも働く分子相互間力。引力としてはたらくが、分子間距離が短くなると、強い斥力(反発力)としてはたらく。
クーロン力
 電荷をもつイオン間にはたらく。イオン間の距離に反比例して比較的ゆっくりと減衰するので、ファンデールワールス力より遠くまで影響が及ぶ。
水素結合
 電気陰性度の高い原子(OやNなど)に共有結合した水素原子Hと、電気陰性どの高い原子高い原子との間にはたらく結合力。結合に方向性があり、分子相互間力のなかではかなり強い。生体内ではかなり重要な役割を果たしている。
配位結合
 ある原子が非共有電子対(孤立電子対)を持つ原子との間にはたらく結合。共有結合の特殊なかたちとみることもできる。酸素を運ぶヘモグロビン内に存在しているポルフィリン錯体なども、この配位結合が重要な役割を果たしている。
疎水結合
 分子の親水・疎水性によって、球状ミセルなどのように分子を集合させる力。実際は具体的な結合が生じているわけではなくて、エンタルピー的な安定化によって引力がはたらいているように見える。脂質分子膜が整然と出来あがるのも、この疎水結合が重要な役割を果たしているからである。


タンパク質の高次構造

 では、この多様な化学結合が生体内ではどのような役割を果たしているのだろうか。前のページで触れたタンパク質の高次構造について、今度は化学結合という視点で注目してみることにしよう。


図.多様な化学結合によって高次構造を持つタンパク質
 まず、タンパク質の一次構造として直線状のポリペプチド鎖を考えよう。ポリペプチドはたくさんのアミノ酸が数珠つなぎになった高分子といえる。アミノ酸はペプチド結合によってつながっているが、これは共有結合の一つだ。

 タンパク質の二次構造では、多様な化学結合が登場してくる。ポリペプチド鎖は立体的に折りたたまれて、α-へリックス、β-シートといった典型構造をとるようになる。このとき重要な役割を果たしているのが水素結合なのだ。α-へリックス構造は一本のポリペプチド鎖中の>C=OとH-N-の水素結合によって生じるらせん構造のことであり、またβ-シート構造は複数のポリペプチド鎖間での水素結合によって生じる板状構造のことである。

 そしてタンパク質全体として、最終的にとる立体構造が三次構造(コンフォメーション)である。疎水結合や水素結合、ファンデルワールス力など、様々な化学結合が比較的長距離に発生することで、そのアミノ酸配列に特有の立体構造をとるようになる。このように自然とタンパク質の折りたたみ(フォールディング)が生じるのは、化学結合がエントロピー増大に打ち勝って熱力学的に安定になろうとする結果である。

 さらに、いくつかのタンパク質が集合してできたのが四次構造(サブユニット構造)である。ここでもタンパク質の間で多様な化学結合がはたらいている。基本的に水素結合やファンデルワールス力などの結合力は些細なものだが、これらの結合数は非常に多いためタンパク質どうしが幾重にも結び付けられ、しっかりとした構造をとるようになる。鞭毛モーターもこのようにして出来たサブユニット構造なのだ。



熱力学と自己組織化 機能をもった人工分子膜:LB膜とSAM