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最終更新日:2002/12/9
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■自己組織化&自己集合
- 分子認識ははじめの一歩
ナノテクノロジーが脚光を浴びるようになり、最近では細胞や生体分子を分子デバイスとして考えることは決して珍しいことではなくなってきた。しかし、生体分子はなぜあれほど複雑な機能と構造を持つことが可能なのだろうか?いったいどのようにして、生体分子は組みたてられるのだろうか?この疑問に対し、大きなヒントとなりそうなのが「分子認識」という概念だ。
19世紀の終わりごろ、フィッシャー(E.Fisher)は酵素がある基質に選択的に作用していることに気づき、「鍵と鍵穴(lock and key)」の概念を提唱した。これが分子認識の基礎となった。
フィッシャーの例は酵素という大きな系だが、分子認識というのはもっと小さな系でも見られる。1967年にぺダーセン(C.J.Pedersen)がクラウンエーテルという奇妙な人工分子を合成したことが、この分子認識の研究を具体的に進めていく重要な出発点となった。クラウンエーテルを一言で説明するなら、相手を「認識」する分子といったところだ。その構造は図に示してあるように環状エーテルで、実にシンプルなものだ。この環状構造を生かして、中央のスペースに相手の分子(原子、イオン)を取り込めるようになっている。一般的に、クラウンエーテルのような大きいものをホスト、そして金属イオンなどの小さい方をゲストと呼んでいる。面白いのは、このクラウンエーテルの環の大きさによって、内部にとり込まれる金属イオンの種類が変化してくるということだ。表に示してあるように、小さな12-クラウン-4が選択的に取り込むのは小さなリチウムイオンであり、逆に大きな21-クラウン-7の場合は大きなセシウムイオンをとり込む。
上図:18-クラウン-6のイメージ。赤は酸素原子で、白色のスティックは炭素骨格。中心の急はカリウムイオンを表す。カリウムイオンと酸素原子の配位結合によって、カリウムイオンを選択的に取り込むことができる。
表.イオンの大きさ(直径)とクラウンエーテルのポケット直径
イオン(ゲスト) |
イオンの大きさ/nm |
クラウンエーテル(ホスト) |
ポケット直径/nm |
Li+ |
0.136 |
12-クラウン-4 |
0.12〜0.15 |
Na+ |
0.194 |
15-クラウン-5 |
0.15〜0.22 |
K+ |
0.226 |
18-クラウン-6 |
0.22〜0.32 |
Cs+ |
0.334 |
21-クラウン-7 |
0.34〜0.43 |
○-クラウン-□の□は酸素原子の数、○はクラウンエーテルを構成する炭素、酸素原子の数。 |
クラウンエーテルは見ての通り単純な構造をしているので、選択性も決して高いとはいえず、ときには21-クラウン-7が2つのリチウムイオンをとり込んでしまったり、逆に12-クラウン-4が二つでセシウムイオンをサンドイッチするようにとり込むこともある。しかし、クラウンエーテルを化学修飾することによって、選択性を高めることが試みられてきた。例えばクラウンエーテルは上面からも下面からもイオンが進入してくることが可能だが、一方をふさいでかごのようなかたちにすることで選択性を高められることが確認されている。
また、クラウンエーテルのように分子をとりこむことが以前から知られていたシクロデキストリンなどの天然分子も注目されるようになった。こうしてクラウンエーテルをはじめとする分子認識は「ホスト・ゲスト化学」などと呼ばれて盛んに研究されるようになった。
分子認識の利用
分子認識を利用すると、これまでの化学では成し得なかったようなことを可能にしてくれる。
世の中には、バーベルのような軸にリングが挟まって抜けないようになっている奇妙な分子があります。このような形状の分子は総称して「ロタキサン(rotaxane)」と呼ばれている。ホストゲスト化学が本格的に始まる前の1960年の時点でも、こういった分子は人工合成されていたが、それは偶然にリングが軸をくぐりることに頼る手法だったので、ロタキサンは少量しか生成できなかった。
ところがホストゲスト化学の発展のおかげで、この愉快な分子の大量合成は大きく前進することとなった。やはりそのとき重要となったのが、分子認識の発想だった。シクロデキストリンは図に示すような台形の筒のような形をしている。水酸基が外側を向いているため、シクロデキストリンは水溶性の分子である。しかし内壁部分には水酸基のような親水基がないので、そこだけ疎水空間になっている。したがって、水溶液中にシクロデキストリンが存在していると、分散した疎水空間を提供することになるので、疎水性の分子はそこへとり込まれやすくなる。クラウンエーテルは配位結合によるものだったが、シクロデキストリンは疎水結合による分子認識を行っている。(化学結合の種類については「自ら組み上がる生体ナノマシーン」などを参照。)
そこでシクロデキストリンとポリエチレングリコールのようなポリマーを混合しておくと、シクロデキストリンがポリマーを認識して、図のように次々と内部にとり込んでいくことが知れている。あとはポリマーの両端にストッパーをつけてシクロデキストリンが抜けないようにしてやることで、ロタキサンが完成する。
図.シクロデキストリンがポリエチレングリコールをとり込んでできた「分子ネックレス」
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このロタキサンの例のように、リング状の分子が鎖状の分子をとり込むといったことは、生体内では広く見られる現象である。例えば、DNAポリメラーゼがそうだ。DNAを複製するときに、リング状のDNAポリメラーゼがDNAを内部にとり込む。また他にも、分子シャペロンというものがあるが、これは比較的大きなタンパク質の折りたたみを手助けする役割を果たしている。そして、シャペロンにとり込まれたポリペプチド鎖は特定の立体構造に形成されていく。これら生体内の例は、シクロデキストリンと比べてはるかに複雑なものだが、やはり分子認識などが重要な役割を果たしていると考えられている。
なお、ロタキサンも単に形が面白いというだけではない。確かに、人工ロタキサンのような簡単な構造では、DNAポリメラーゼや分子シャペロンのような高度な機能をもつことはできない。しかし、工夫次第ではエネルギー変換素子、人工酵素、分子デバイスなどに利用できると考えられている。とくに最後の分子デバイスへの利用は、「分子エレクトロニクス」で紹介している。
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