■自己組織化&自己集合
− アニマル柄とチューリング・パターン
自然と現れるリズムやパターン
図.・・・なんてことはあり得ない。動物の毛皮にはそれぞれ特有のパターンがあらわれる。 |
ビーカー水の中にインクを一滴垂らす。するとインクは徐々に広がって最終的には均一になる。そう、これでおしまい。これ以外のシナリオを想像できそうもない。
ところが自然界を見まわすと、とくに動物たちの皮膚や殻に注目すると、多様なパターンで満ち溢れていることに気づく。動物や昆虫、熱帯魚の図鑑をひらいてみるといい。シマウマの縞模様。チーターのまだら。チョウやテントウムシの斑点…。図鑑は独特のパターンで埋め尽されている。
これらの模様は、それぞれの動物によって多少の違いがあるものの、胚段階のときに皮膚細胞に色素やその発現を制御する化学物質などが拡散してできることが分かっている。では、なぜビーカーに垂らした水のように均一に広がらないのだろう?アニマル柄はどのようにしてうまれてくるのだろうか?
このような直感的に反する現象に対してはじめて数理的に挑戦したのが、チューリング(Alan
Turing)だった。チューリングは1952年に、反応拡散系でアニマル柄のような静止パターンがうまれることを提唱した。これまでのページで見てきた秩序化(自己集合)の例は、化学結合などによって最終的にとりうる構造にのみ注目してきた。しかしこれとは対照的に、チューリング・パターンは反応・拡散の過程のなかで一定のリズムやパターンがうまれてくる動的な秩序化である。生物は外部から物質を摂取し、内部で発生した熱などを排出する開放系であるが、やはり細胞のレベルで見ても同じことが当てはまる。化学反応の場所としての動物の皮膚細胞は、熱力学的に見れば散逸系ということになる。アニマル柄の現れるのは自己組織化のためなのだ。
当時、化学反応のダイナミクス研究の歴史が浅かったため、チューリングの提案を実際に確かめることは出来なかったが、1990年になってようやく実験によって確かめられた。また、近年の計算機の処理能力の向上によって、コンピュータのスクリーン上で容易にチューリングパターンを発生させることが出来るようになったり、80年ごろから注目を集めてきた複雑系などの後押しもあって、チューリングのアイディアは多くの人に認識されるようになった。では、チューリングのアイディアとはいったいどのようなものだったのだろう。
チューリング・パターン
チューリングの考えたモデルは次のようなものだった。
・いくつかの隣接した細胞では物質の交換がある(拡散)。
・それぞれの細胞では化学反応が進行している。
・化学反応では活性因子(activator)Xの関与する正のフィードバック機構と、抑制因子(inhibitor)Yの関与する負のフィードバック機構が存在している。
・抑制因子は活性因子よりも速く拡散する。
このパターン形成現象では、アンバランスな拡散速度が空間の一様性を破る要因になっているので拡散不安定性と呼ばれている。
図.1次元方向の拡散モデル
ビーカーの反応拡散をモデル化した連結セル(左)と動物の皮膚細胞をモデル化した連結セル(右)
化学反応が空間的に非一様に固定化するという信じがたい現象だが、直感的な説明は次のようなものとなる。初期条件として活性因子Xの多い中央のセルでは、自己触媒反応によりXが増加し、また抑制因子Yも増加する。すると拡散速度の大きいYは隣接するセルに広がる。このとき中央セルではXが増加しYとのバランス関係により一定の濃度でとまるのに対し、その隣接セルでは、中央セルから拡散してきたYによってXの増加が抑制されつづける。 |
そして下のような数学モデルで表現した。
∂X/∂t = f (X,Y) + Dx∇2X
∂Y/∂t = g (X,Y) + Dy∇2Y
このモデルは一般化されたもので、f (X,Y)、g (X,Y)はそれぞれの化学反応系によって異なってくるが、非線形のかたちになるため、数学的な扱いは難しい。
はじめて上の数式を見て、何か惹きつけられるものを感じるだろうか?普通は単なる反応拡散方程式にしか見えないだろうが、ニ変数であることや自己触媒反応などが含まれているおかげで、アニマル柄の発生などの生き生きとした現象が見られるのだ。
なお、チューリング・パターンのシミュレータが掲載されているよりすぐりのページを紹介する。
反応拡散シミュレータ - 理研CDB 位置情報研究チーム
Morphogenesis from a Reaction-Diffusion System - カリフォルニア工科大
化学時計 - BZ反応
チューリングパターンが現れるのは、たいていの場合、アニマル模様など生命系に限られている。この理由は、パターン形成の鍵となる自己触媒反応が、非生命系では比較的珍しいからである。しかし、少ないながらもいくつかは存在していて、とくに有名なのがBZ(ベロウソフ・ジャボチンスキー)反応だ。これは50年ほど前に旧ソビエトの2人の化学者が発見したことから、その名前に由来してそう呼ばれている。希硫酸中にシュウ素酸カリウムやフェロイセンなど、生命とは関係のなさそうな化学物質を混合することで見られる化学反応である。
図.撹拌した濃度均一系のBZ反応
図では成分Xが赤色に着色しているものとして表現している。 |
このBZ反応はよく撹拌された系(濃度が空間的に均一)では、図に示すように色が交互に現れ、振動しているように見える。この反応機構はかなり複雑なので、この振動現象のエッセンスを説明する反応機構(ロトカ・ボルテラ機構)を説明しよう。
1. A+X→X+X
2. X+Y→Y+Y
3. Y→B
(Aは一定割合で供給される。Bは一定の濃度に保たれ残りは排出される。実際のビーカーの反応では物質の流入・排出がないが、反応が始まってしばらくの間は、Aの値はXやYに比べて大きく、Bの値は小さいので、近似的にこの条件を満たしていると考えてよい。)
ステップ1と2が自触媒反応だ。一つの反応機構に二つの自己触媒反応が含まれている。確かに1,2,3すべてを合わせて全体を眺めれば、AがBになるというだけのつまらない反応だが、振動が生じてくる理由は途中の素反応1と2の相互作用であることに注目しなくてはいけない。
まず、自触媒反応の特徴にしたがって、ステップ1でXは爆発的に増加する。ところがXが増加すると、ステップ2が起こるチャンスも高くなる。そのためXの増加に少し遅れて、Yが爆発的に増加する。しかし、これによってYがXを大量に消費するので、Xの量が減少しステップ1の反応速度が遅くなる。ステップ1の反応が起こりにくくなればステップ2に必要なXの量が少なくなるために、ステップ2の反応速度も遅くなりYが減少する。今度はYが減ったために、Xは消費されにくくなり再び怒涛のように増加することになる。このように、XとYの周期的な濃度変化の追いかけっこが続くというわけだ。この振動モデルはウサギとキツネの個体数変化や電気回路のフィードバック現象と共通している。
以上の話はチューリング・パターンの拡散の効果を無視していたため、空間的なパターン形成は現れなかった。しかしビーカーの撹拌をやめて、化学物質の拡散の影響を考慮すると、チューリングのモデルで予測できるようなパターン形成がおきる。一般にBZ反応ではDx>Dyなので、チューリング・パターンのような定在パターンが生じる変わりに空間を等速で伝播するパターンが形成される。(下のサイトにそのムービーが紹介されている。)はじめは湖面に石を投げ込んで出来る波紋のように見えるが、拡散速度のズレなどから渦巻き模様が現れることもある。
Chemical Oscillation - Northwestan University
The Belousov-Zhabotinsky Reaction
ただし、このBZ反応をゲル中で行うことでチューリング・パターンに必要な条件を満たし、静止パターンが現れることを、1990年にフランスの化学者が実験で示した。
このように近年になって非線形化学ダイナミクスの理解が深まり、動物のパターン形成などが数学的、化学実験的に説明できるようになってきた。次のページでは、この自己組織化をナノテクノロジーへ応用しようという試みを紹介する。
[ref]
[1] Turing, A.M., Phil.
Trans. R. Soc.
Lond. B 327, 37-72 (1952).
[2] Castets, V., Dulos,
E., Boissonade,
J., and De Kepper, P.,
Phys. Rev. Lett.,
64, 2953-2965 (1990).
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