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最終更新日:2002/12/9
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■自己組織化&自己集合
− 機能をもった人工分子膜:LB膜とSAM
分子レベルで配向や配列を整えたりしようとすれば、走査プローブ顕微鏡などの最先端機器が必要のように思えるかもしれない。ところが、前のページで述べたような生体分子を模倣して、ここの分子間相互作用をうまく利用すれば、比較的簡単な操作によって分子レベルで配向や配列の整った単分子膜をつくることが出来るのだ。
ここでは生体分子を模倣したナノテクとして、「LB膜(Langmuir Blodgett film)」と「自己組織化膜(SAM; Self-Assembled Monolayer)」を取り上げてみよう。とくにLB膜の方は、70〜80年代とかなり古くから界面化学で有機機能性超薄膜などと呼ばれて研究されてきた、古典的な分子工学といえる。
LB膜(Langmuir Blodgett film)
LB膜は人工光合成や高密度情報メモリなどに応用できる可能性を秘めている上に、その作成方法もいたって簡単だ。LB膜の本格的な研究は、1934年にラングミュア(Langmuir)とブロジェット(Blodgett)が単分子膜の累積の研究報告によってはじまった。しかし、彼らがLB膜という名前を付ける以前から、この研究は行われていたようである。
LB膜の作成方法は以下のようなものだ。まず、水面上に単分子膜を形成させる。つぎにガラス板などを水面に対して垂直に上げ下げすることで、水面上の単分子膜をガラス板表面に拾う。このとき、上げ下げの仕方によって、X型、Y型、Z型の三つのタイプが出来あがる。ガラス板表面に付着する単分子膜の厚さは完全に単一分子からなっていて、累積層の場合もそれぞれの単分子膜の配向がそろっているのだ。
LB膜の製作に必要な装置のモデル図。クリーンルームなどで行わなければならない条件こそあるが、基本的には単純な装置からなっている。 |
作成手順によって異なるLB膜ののタイプ |
そもそも単分子膜が出来あがるのは、疎水基と親水基の両方を持った分子の性質により、この点ではミセルやリポソームなどが出来あがるのと共通している。ただし、ミセルやリポソームが球状であるのに対し、LB膜はガラス基板上に二次元的に固定されるので、デバイスとしての利用の点で有利といえるだろう。
また、分子材料としては通常脂質が使われるが、タンパク質膜やその他の分子でもLB膜をつくることは可能である。したがって、バルクスケールではなく分子レベルで電気的に面白い性質を示す分子を、金電極表面に累積するとその性質をいかすことが出来る。このLB膜のおかげで、それまで不可能だった単一分子の物性についての研究が行えるようになったのだ。とくにLB膜は初期の分子エレクトロニクスに大きな貢献をした。
自己組織化膜(SAM;self-assembled monolayer)
自己組織化膜(self-assembled monolayer、一般的には「自己組織化膜」と約されているが、「熱力学と自己組織化」のページで説明したように、本来は「自己集合膜」と訳す方が適切かと思われる。)は、水溶液中あるいは超高真空中で、Au単結晶表面にアルカンチオール(R-SH)を吸着させるとAu-S-Rという特有の結合が形成され、密で規則正しい単分子膜を作るというものである。例えば、Au(111)上にアルカンチオールの単分子膜を作成した場合、アルカンチオールどうしの距離は5Åと密集した構造になっている。これも作成が簡単な割に規則正しい単分子膜を得られるということで、LB膜と共通している。
水中での自己組織化膜の作成方法 |
この自己組織化膜の安定性と手軽さを利用して、これまでになかったような新しいナノ加工技術が提案された。
まず一つ目は、ハーバード大学のGeorge Whitesidesらの研究チームによって提案された「マイクロコンタクトプリンティング」という方法だ。これははじめに現在の半導体加工技術を利用して、PDMS(polydimethylsiloxane)からなる回路の書き込まれた「スタンプ」をつくる。そして、このスタンプにアルカンチオールの「インク」をつけ、Au表面に貼り付けて自己組織化膜を形成させるというものだ。この方法では、50nm前後の加工が可能だとされている。この方法で作られた回路は有機分子で出来ているためフレキシブルで、有機ELディスプレイや電子ペーパーの駆動回路への利用が期待されている。(詳しくは「有機トランジスタ/プリンタブル集積回路」を参照。)
なおWhitesides教授は、このマイクロコンタクトプリンティング法で、リソグラフィーなどのトップダウンの手法と、自己組織化というボトムアップの手法の両方を融合した現実的な方法を実現したことでも大きな反響を呼んだ。
そして二つ目は、米国ノースウェスタン大学のChad Mirkinらの研究チームによって考案された「ディップペンリソグラフィー(dip-pen lithography)」である。これは原子間力顕微鏡(AFM)と自己組織化を融合させた方法で、アルカンチオールなどの分子を「インク」として、Au表面に書き込むというものだ。確かにこの方法では、従来のフォトリソグラフィーと比べて加工速度が遅いという問題があるが、インクに用いる分子がアルカンチオール以外でも可能など、これからの応用に期待されている。
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